※文中の()内の数字記号は昭文社刊ツーリングマップル(2000-2001年度版)のページ/エリア番号です。
大部屋の奥、押し入れの戸を取り払ったようなスペースで、久々の布団とシーツにくるまって朝を迎えた。窓の外はすでに明るくなってきていたが、雨はまだポツポツと降り続いている。
夕べのビールがまだ滲みついているような顔を洗い、歯を磨いてネトっている口の中をすすぐ。ゆうべから荷を積みっぱなしにしていたBandit250のところに降りて行くと、すでに起き出して旅立ちの準備をしているチャリ旅の子がいた。
『おはようございまーす』
『おはよう。今日も降られそうだねぇ』
小雨の中だが、朝の空気はしーんと冷えて乾いている。そうだ、昨日のフェリーで北海道に来てたんだっけ・・
軽い朝食をいただいたあと、Bandit250のチェックをして、マスターさんに一夜の宿の挨拶。初めてのライダーハウスだったけど、とても居心地がよかった。また帰路にも立ち寄るかもしれませんと言い置き、Bandit250のスタンバイ。しばらくして、夕べいっしょに飲んでいた自称・教師志望の若い2人が、なんとも不似合いなネクタイスーツ姿で降りてきた。どうやら今日採用試験があるというのは、冗談ではなかったらしい・・
『頑張ってこいよ!』
別れ際に手を振り、ライムライトを後にする。ちょっと頭の芯がザラザラしているが、冷たい空気をうけて走っているうちに吹き飛ぶだろう。あの2人こそ大丈夫だろうか。面接試験で焼酎の臭いをまき散らさなければいいが・・
混雑する朝の函館市内をパスするため、無料(2001年9月時点)の函館新道を使って郊外を目指す。途中で雨が激しくなってきたが、遠慮なく飛ばして走る車の群れにやや恐怖を感じる。こっちのドライバーは冬の間ずっとスリップしやすい雪の上を走っているわけだから、こんな雨くらいではぜんぜん平気なのだろうか。そういえば北海道は交通事故が多いので有名だが、もしかしたらこのへんに理由があるのかもしれない。
北海道ツーリングのシンボルといえば、やはりホクレンの旗であろう。ホクレンという名前のGSでガソリンを満タンにすると、記念にカラフルな旗を貰えるのだ。道南や道東でベースの色が違ったり、最北端のGSではまた特別なのが用意されてたりと、コレクションしながら走る人も多い。しかし今までは北海道帰りのツアラー達がたくさんの旗をかかえて帰ってくるのを見ていて『フン、そんなの別にいらないやい、思い出があれば充分だろう?』なんて思っていたのだけど、いざ来てみると私も旗が欲しくなってきた。大阪から自走で北上し、ようやく北海道まで達した記念に何か証が欲しいと思うのも人情ってものじゃないか?
大沼モエレ公園を過ぎた先にホクレンの黄色い看板を見つけ、さっそく給油してみる。しかし係のおじさんは黙って作業しているのみ、もう1人のお兄さんも手を後ろに組んでじっと見守っているだけ。どうもそれらしい旗が出てくる様子はない。
(う〜ん・・何か言わなきゃなぁ・・)
ここは思いきって「旗を下さいッ」と言うべきだろうか。でも旗が欲しくて給油したのかと思われるのも何かイヤだ。景品目当てでスーパーの開店セールに行き、適当な買い物をしたあとで景品を渡すのを忘れているレジのお姉さんにむかって「景品下さいっ」て言うのと同じような気恥ずかしさがある。こっちが大人数なら勢いで言えるかもしれないが、たったひとりでは何故か気恥ずかしさが先に立つ。
いっそここはパスして次の給油まで待とうか? いやいや、それでは獲得枚数が減るではないか。そもそも旗は給油しないと貰えない・・。
鹿児島ライダーの挙動不審さを察してか、油面が上がって給油機が停まった瞬間に若者が飛び跳ねるように事務所に向かい、給油伝票といっしょに何かを掴んで持ってきた。高まる期待!
でも伝票といっしょに手渡されたのは、ポケットティッシュが2個だけ。そして私のココロをまるで見透かしたように年配の方が『すいませんねぇ、旗はもう全部配っちゃったんですよ〜』と一言。つい反射的に『あ、えっ、旗ってなんですか?』とわざとらしく聞き返し、自分の所作を隠そうとしてしまう私・・。
ここのように幹線道路に面しているGSではツーリングシーズンの8月いっぱいで全て配り終えてしまい、そのあとはティッシュなどの景品を渡しているのだそうだ。道道(こちらで言うところの県道か)やウラ道などにある小さなホクレンになら、まだ残っているかもしれないとの事。
・・そうか、今後は給油するポイントをちょっと考えなくてはならないなぁ。ちょっと気恥ずかしさが伴うが、今日の目標がひとつ出来た。札幌に着くまで、なんとかホクレンの旗をゲットすべし!
雨はすでに上がっているが、まだ上空は薄雲が広がっている。内浦湾ぞいに走るR5をひたすらまっすぐ、まっすぐ走る。
まぁ噂には聞いていたが、呆れるくらい広くてまっすぐな道だ。路側帯の部分だけでも九州山岳部の3ケタ国道1車線ぶんくらいの幅がある。ここをトラックや乗用車がひっきりなしに飛ばしまくっているので、のんびり気分のツアラーとしては道を譲るクセがついてしまった。しかし路肩が十分広いから間も取れるし、端に寄って抜かすのに不快感はない。
まだ時刻は午前10時だが、お腹が空いてきた。朝食は食べたが、決定的に量が少なかったみたいだ。ちょうど長万部駅への入り口が左手に見えてきたので、ここで有名なかにめし弁当を買う事にする。
(北海道:P14/B-2)
駅前にいたオフ車ライダーに教えてもらい、駅と道路をはさんだ弁当屋さんに行ってかにめし弁当を買う。お茶付きで1つ千円。しかしまるでVHSカセットくらいの大きさしかない。これで千円!?
もっと買わないのかとでも言いたそうなおばちゃんの視線をかわして、Bandit250の荷ひもに挟む。う〜ん、せめてもう少し大きければなぁ・・
どこか景色のいい海岸に出て食べようと思い、Bandit250を出す。と、R5に戻るちょっと前に、規模は小さいがホクレンGSを発見!ここならまだ旗が残っているかもしれない。さっきの給油からまだ70kmくらいしか走ってないが、ものはついでだ。
『レギュラー満タンお願いしま〜す』
するとどうだ、鮮やかな黄色い旗が即座に手渡されたではないか!何か旗の事を言い出すきっかけを探そうとしていた矢先に、いきなりポンときた。これはうれしい。長さ30cmくらい、黄色地にブルーでヒグマの足跡がデザインされている。
旗のお礼を述べて、長万部を後にする。よ〜し、やったぞ!でも風にはためかせて走るのはちょっと恥ずかしいので、荷の後ろに丸めて挟む。そのあと近くの海岸でかにめし弁当をいただいた。サイズこそ小さいが、千円もとるだけの事はあって旨い。頭上にはだんだん青空が広がってきており、もう雨具を脱いでもいいだろう。さて、札幌まで、もうひとっ走り。
北海道にもBanditオーナーズの方が何人かいて、今回の上陸後もいろいろと情報をいただいていた。今日はその中でもリーダー格であるK氏のご自宅にお邪魔する事になっており、札幌市内への道を急ぐ。
虻田(あぶた)町から道道ぞいに上がり、再びR230に連絡して羊蹄山のそばを通り〜雲に阻まれて山頂は見えない〜冷え冷えとした空気の中山峠を登りきり、ようやく札幌市の看板をくぐる。
(北海道:P22/C-2)
しかし安心するのはまだ早い。ここから市街中心部まではさらに40数キロもあり、さすがにスケールが違うのを感じる。鹿児島あたりでこんなに走ったら、市どころか郡部を2つくらい横断してしまうだろう。
ところで札幌市街地に入る前に、ぜひ会っておきたい人がいる。今年5月に鹿児島県の根占海岸でお会いした、札幌在住のHさんである。出会いの詳細は「大隅半島の夕陽」編に詳しいが、今回札幌を訪ねるにあたって真っ先に思い描いたのは、Hさんとの再会を果たす事であった。
住所を頼りに国道から脇道にそれ、エンジンのうるさいBandit250を住宅街の入り口に停めて道々訪ねながら歩く。
ようやく見つけたご自宅には残念ながらHさんは不在であったが、周囲の静かな雰囲気や、庭にのんびり寝転がる猫たちも、5月に伺ったお話そのままだ。
「また日本のどこかでお会いしましょう!」
宮澤賢治記念館で買った絵はがきにメッセージを書いて置き手紙をしたあと、表の道路まで出たところでガルンとエンジンをかけ、ふたたび走り出す。
R230を市内に入ってゆくと、並木に囲まれた大通公園が見えてくる。雪祭りが開催されるので有名だが、今はまだ緑がいっぱいあふれている季節。K氏と待ち合わせの場所まではもうすぐだ。
(北海道:拡大図P67/A-4)
交差点の信号待ちで前方を見ると、街路樹の下でスマートな青年が手を振ってくれている。
『はじめまして、Kです。ようこそ札幌へ!』
ネットでもおなじみのK氏だが、やっぱり想像より若々しい感じだ。第一印象としては漫才コンビ猿岩石の目の大きい方にやや雰囲気が似てらっしゃる。きっと女の子にもモテるに違いない。
彼は私とほぼ同型・同色のBandit250を愛車としている。しかし所有者の性格の現れか、くまなくピカピカで手入れが行き届いているのには感心してしまった。日本をほぼ縦断してきたとはいえ、うす汚い私のBandit250と並べて置くのが恥ずかしいほどだ。
K氏の案内で札幌市内の名所を巡り、原田選手の記録看板が立つスキージャンプ台、有名な札幌時計台などを見て回る。おかげでようやく観光気分にひたる事が出来た。何しろ函館上陸では土砂降りの洗礼を受けて、夜景や五稜郭も見る事が出来なかったのだから。
その夜K氏の呼びかけで札幌近郊のメンバーのみなさんに集まっていただき、その筋では有名なパスタ店「壁の穴」で歓迎会を催していただいた。
明日もまる一日、この美しい北の都市に滞在する予定である。