※文中の()内の数字記号は昭文社刊ツーリングマップル(2000-2001年度版)のページ/エリア番号です。
「雲の生まれる所」とR氏の呼ぶ相模湖近辺の山間は、朝を迎えてもまだ寝ぼけたような薄い雲に覆われていた。
東京から飛行機で北海道に帰るK氏、いつもどおり仕事に向かうR氏と別れて、ひとりR20を昨日通った大月方面へと向かう。ここから甲府市側へは山越えしなくてはならないが、途中の国道は崩落か何かで通行不能となっており、大月から勝沼までの利用者に限り、中央高速を無料で通れるらしい。今日の目標、乗鞍スカイラインまではかなり距離もあり、ひと区間とはいえお金を気にせず高速ワープ出来るのはありがたい。
さっそく大月市街地を過ぎてから高速インターに駆け上がり、アクセルをふりしぼる。湿気混じりで寝起きの良くなかったバイクだが、タコメータも1万回転あたりになると、重い荷物をものともせず、気持ちよく加速していく・・・そこまではよかった。
(関東:P33/G-2)
トンネルを抜けて視界が開け、長い高架橋を爽快に走っていて、ふとGPSに目をやると、走行軌跡がどういうわけか南へ南へと下がっていくではないか。勝沼インターはほぼ水平の西北西方向にあるはずだ。しかし前方を見渡しても分岐路などなく、まっすぐに道は南下していく・・。
(これはおかしいぞ!?)
急いで次のインターで降りるが、案の定「都留」という見覚えのない名前。料金も300円とられてしまった。料金所のそばでマップルを確かめると、どうも大月インターの直後に分岐があって、気づかず違う方向に走ってしまったらしい。急いでUターンし、インターを上がって逆方向へ。このとき落ち着いていれば、平行した下道で5kmほど戻ればふたたび大月から無料で乗れたろうが、コースミスした事に焦ってしまい、結局勝沼まで行くのに合計950円を支払うハメに。無料のはずが千円近くも消費してしまった!
そういえば全国オフの夜、札幌のK氏もこの分岐を間違えて私とは逆に勝沼方向に行ってしまったのだから皮肉といえば皮肉だ。南の人間は南に、北の人間は北に向かいたがる習性でもあるのだろうか?
勝沼インターを降りてからふたたびR20に乗り、長野県へ入っていく。
心配だったお天気もすいぶん回復し、青空が見事に広がっている。気温は30度近いが湿度はそれほどでもなく、バイク上でもあまり暑くない程度。
途中汚れ物の洗濯と昼食をすませ、順調に距離を稼ぐ。諏訪湖のほとりを通過し、松本市に入る頃は時刻も午後2時。これから峠に登るにはちょうどいい頃合いだろう。ガソリン補給をすませ、R158でいよいよ乗鞍方面へと向かう。
(関東:P58/B-3)
安曇村に入ったあたりから道もやや狭くなり、山間の三桁国道らしくなってくる。路面は整備されているとはいいがたく、トンネル内も妙に暗い。このあたりを走っているファミリーカーはほとんど観光目的と言っていいだろうが、しかし月曜だというのにかなりの多さ。おそらく週末にはもっと混み合う事だろう。
乗鞍へと続く県道84号へは幾つかの分岐をクリアせねばならず、しかもトンネルとトンネルのわずかなすき間の途中に交差点があったりするので、初めて走る場合は注意が必要だ。
眼下には広々としたダム湖や谷川筋が見えており、日本屈指の高所という雰囲気はまだないが、GPS表示ではすでに標高1,000mをゆうに超えている。液晶スクリーンを高低差グラフに切り替えてみると、いままで見た事もない右肩上がりの直線グラフが延々と続いている。
じつはBandit250は高所に弱く、空気の薄いところでは燃料過多になってパワーが出にくくなる傾向がある。いまのところは大丈夫のようだが、これから先、どこまで上がれるかちょっと不安になってくる。
(関東:P57/E-5)
県道84号に進入し、道はますます高度を上げてくる。ときおり荒れたコンクリ舗装が現れるが、気を付けて走ればどうという事はない。もとより傾斜もきついから、スピードを出す気にもなれない。低めのギアで回転をかせぎつつ、ゆっくりと登っていく。
途中スキーのリフトがあったので記念撮影。スキーの環境が身近にない鹿児島県人の目には、こんなものも珍しく映るのだ。あたりは青々とした針葉樹林が広がっているが、冬になればここが一面の雪原となるのだろう。空気の薄い中でエンジンを止めないよう気を配り、さらに傾斜のきつくなりだした細い道をじりじり進む。
GPS表示はついに2,000mを超え、両側の木々もだんだん小さくなっていくのがわかる。森林限界が近いのだろう。つづら折れをやっとこクリアし、2,500mを超えるともはや木々の姿はなく、背の低い高山植物が茶色い山肌を遠慮がちに覆っている印象になる。しかし路面はこの辺りの方がかえって整備状態が良いようで、広めの路肩に停車して写真撮影に夢中のドライバーも多い。
そしてようやく、最高地点の乗鞍スカイライン入り口に到着、GPSの高度計は実に2,700m近くを指していた・・。
時刻はもう午後4時。もっと高性能のバイクでなら時間も短かったろうが、わが11年落ちの愛車と私の腕ではこれが精一杯。
(関東:P58/B-6)
エンストが怖いのでエンジンをかけたままバイクを降り、眼下に広がる雄大な景観に眺め入る。いま国内でBandit250より高い場所にあるバイクはたぶんないだろう。高いところから見下ろすというのは、やはり気分のいいものだ。
長袖のジャケットでも肌寒く、気温はおそらく15度もない。2時間前に通過した松本市が29度あった事を思うと、ここの高さがいかにすごいかわかる。
しかし気温の低さはともかく、ここの空気の希薄さは想像以上だった。写真を撮るためにちょっとした階段を越えたり、小走りしただけでたちまち立ちくらみに襲われ、思わずその場に座り込んでしまったほどだ。
咳き込むエンジンをなだめ、希薄な空気によるめまいと戦いつつ、岐阜側にバイクを乗り入れて一気に下り始める。
岐阜県側はさすがに有料道路だけあって、りっぱな舗装で道幅も広く走りやすい。ただし日本海側から吹き付ける気流で峠を境に雲が発生しており、尾根筋の間からときおり白い雲のかたまりがブワっと現れては消え、あまり飛ばしては走れない。
料金所で通行料を支払い、R158を西へ向かう。
そろそろ今夜の宿が気になる時間帯だが、なんというのか、まだバイクを停めて休む気になれない。気圧変化の影響か、それとも3日連続で快適な布団に寝たせいだろうか?体の芯がちょっと熱く感じる。まだまだ走り足りない気分なのだ。
よし、それなら一気に日本海側に出てやろう。能登半島の付け根あたりに行けばキャンプ場や砂浜も多いだろうし、今日は山の中に幕営する気分ではない。オドメータもまだ250kmくらいしか進んでないから、十分いけそうだ。250kmなんて、いつも家から阿蘇山へ日帰りで遊びに行くときの片道分でしかないのだから。
というわけで、R41ぞいに丹生川村、国府町と一気に走り抜ける。数河高原の快適そうなオートキャンプ場を横目に見つつ、夕暮れの峠をイッキ越し、あとは神通川ぞいに富山湾をめざす。
あとから地図を眺めたらなんと無駄なコースかと思うが、薄暗くなりつつある山間を150km強、ほとんど休憩もなしに走り抜けてしまったのだから、我ながら感心する。
スポーツ選手が心肺機能を鍛えるために標高の高いところでトレーニングするという話を聞いた事があるが、標高2,700mもの高所を走る事によって、それと似たような効果が出たのかもしれない。しかし峠部分の滞在時間は20分もなかったような気もするのだが・・まぁ、話のネタとしてはそういう事にしておこう。どうせ来年いっぱいで通行止めになれば、ツーリングライダーとしてこれを検証する機会もなくなるのだから・・。
富山市内から湾沿いに半島側へ上がり、どこかいい場所はないか探す。時刻はもう午後7時。
グラウンドで野球をやっていた高校生に道を教えて貰い、市街地を見渡す高台の一角にある休業中のオートキャンプ場に乗り入れた。いちばん上等の芝生エリアのまん中に、我が安テントを広げる。木々の向こうには美しい夜景が広がり、ときおり日本海からの涼しい風が吹き抜けていく。
(中部北陸:P88/F-1)
ついさっきまでギンギンに熱かった体が、食後の缶ビールを飲んでいるうちにゆっくりクールダウンしていく。ふと思い出してバイクからGPSを外し、記憶データを見返してみると、きょう記録した最大高度が誇らしげに表示されていた。
この数字をバイクツーリングで記録出来るのもあとわずか。乗鞍を紹介してくれたR氏に感謝しつつ、GPSのスクリーンをランタンの光にかざしながら、いつまでもニヤニヤと眺めていた。