※文中の()内の数字記号は昭文社刊ツーリングマップル(2000-2001年度版)のページ/エリア番号です。
トラックのアイドリングによる排ガスの充満したフェリー船内からようやく抜け出すと、青森港は大粒の雨の中。私と同じく高速インターに向かうバラデロ・ライダーの頼りがいのある背中を見ながら、水しぶきをかきわけて走る。
東北自動車道・青森インターのゲートをくぐって、チケットを慎重にタンクバッグにしまい、カバーを念入りに掛けて走り出す。まわりにはクルマの姿もなく、オレンジの暗い照明で浮かび上がる本線がちょっと不気味だ。これから岩手の盛岡まで180kmあまりの距離を走るつもりでいたが、大きな雨粒がメットをたたく音を聞いているうち、じわじわ気が萎えてくる。盛岡までなんか走らなくても、どこか適当なPAで夜明かしすれば・・。
集中力が切れたのか、とたんに体中がむずがゆくなってくる。ちょっとシートの座りも気になってきたので、すぐ次の高舘PAに入る。時刻はもう午後10時半をさしていた。
(東北:P101/H-2)
まだ夜更けには早いが、駐車場にも他のクルマの姿はまったくない。トイレで用を足したあと、荷物と雨具の総点検にかかる。雨に濡れて白くふやけた指がなんだか頼りない。フェリーから出るときは下の服はそのままで雨具だけ着ていたが、これからの長時間走行にそなえ、体温の維持のために長袖のフリースを引っぱり出し、念入りに中に着込む。
ところで高速に限らず、この北国の駐車場はとても設備がいいので驚かされる。トイレの建物も全周がサッシと厚いガラスで覆われ、寒風をシャットアウトするようになっている。引き戸もしっかりとした造りで、ピシャッと閉めるとすきま風も入ってこない。これは雨風と言うよりも冬場の雪対策なのだろう。九州の高速道路ではどんな豪華なSAにだってトイレの戸口にアルミサッシなんかない。そういえば歩道橋や休憩所も屋根付きのところが多かった。
(これなら今夜はここに寝袋をひいて野営したっていいなぁ・・)
広々として誰に迷惑をかけるでなし、もし言いとがめられても、その時はまた走り出せばいいさ。他のPAだってこういう設備はあるだろうし・・岩手まで一気に走るという当初の決意がほとんど消えかけてきた矢先、ヘッドライトが光り、1台のクルマがPAに入ってきた。ドアにはJHのマーク、どうやら道路公団のパトロール車のようだ。雨の中に降りてきた2人の若い係員さんは、トイレ前に停めてある鹿児島ナンバーのBandit250を指さして驚いているようす。さすがにこの状況でトイレの床に寝袋を広げる度胸はない。
『雨で大変ですねぇ、どちらまで行かれるんですか?』
意外と端正な標準語に違和感を感じながらも、適当な返事でごまかす。『今日はここで寝ます』なんて、さすがに言いにくい。そのかわり台風の影響についてちょっと聞いてみたが、まだ具体的な被害報告はないから、通行止めの心配はないだろうとの事で、ちょっと安心する。いくらかの世間話のあと、『ではお気を付けて!』との言葉をいただき、JHのクルマを見送る・・。
なんだか人と話したのがずいぶん久しぶりのような気がして、首筋のあたりがすこし火照っている。
北海道のどこかのコンビニで買い物をしたとき、ひとり旅は気楽でいいねと言われた事があった。じっさい気楽だと思うし、私自身そういう行動に向いた性格をしているとも思う。
しかし長い道中ずっとそれで通せるほど、私はつよい人間ではないようだ。孤独感を紛らすと言うよりも、精神的な平衡を保つために、時には状況を共有する話し相手が必要だと思う。自分の置かれている立場を客観視し、ひいては安全を確保するためにも。
まるでJHの職員に背中を押されたような気分で、もうすこし気張って走ってみる事に決めた。眠くなったらPAか高速バスの待合所にでも駆け込めばいいさ。
荷物の固定を再確認して、冷えきったエンジンを起こし、ふたたび雨の中にゆっくり走り出した。
結局それから盛岡手前の岩手山SAまで一本調子で走りきり、朝6時ごろまで仮眠した後、5日ぶりとなる石鳥谷のキャンプサイトに到着出来た。
(東北:P74/C-5)
Bandit250を入れられる東屋の下でテントを張って管理人さんの出てくるのを待とうと思ったが、4台ほどのハーレー軍団にすでに占領されていた。仕方なく管理棟のすこし手前の水場でご飯を炊き、朝食にする。朝はとにかく米を食わないと力が出ない。
朝8時になって出てきたのは、先日お会いしたのとは別の管理人さんだった。2組で交代制になっているらしい。バンガローの手続きをし、キーを受け取って重い木製のドアを開けると、まだ新築の匂いのする6畳ほどの広さの部屋に荷物とともに倒れ込んだ。やれやれ、これでひと安心。
しかし台風の動きはこちらの予想より全然遅く、やっと関東あたりに上陸するかどうかという状況。これなら無理にここまで走ってくる必要はなかったかな?
まぁ、チェックインも済ませてしまった事だし、ここで一晩様子を見よう。荷物をすべてバンガローに搬入し、濡れた雨具も荷物用ゴムロープで室内干し。今夜の食料の買い出しと汚れ物の洗濯、そして汗臭い体を流しに風呂へと出かける。
さきほどのハーレー軍団はまだ東屋の下でのんびりかまえているが、彼らもここで台風をやり過ごすつもりなのだろう。しかしどうせならバンガローに入ってしまえばいいのにと思う。4,5棟あるうち、いま使用中なのは私の借りたのと、ダム湖にフライ釣りに来ているらしい3人組だけでまだ余裕がある。ムダな出費を控えているのか、それとも台風をなめてかかっているのか・・。
途中で仮眠したとはいえ、ゆうべは遅くまで雨中走行したせいもあり、買い出しから帰って昼食を食べた後はぐっすりと夕方まで寝入ってしまった。テントの中より数段快適なバンガローでは眠りを妨げるものもない。先のPAのトイレではないが、この1泊2千円(地元の町民は半額らしい)の安バンガローでも気密性は驚くほど高く、ドアをゴトンと閉めきると、外界の音と遮断されるツーンという耳鳴りのようなものまで感じるほど。照明は白熱電球が1個だけと少々寂しいが、かえっていい雰囲気になる。
しばらくうつらうつらとして、結局シュラフから起き出したのは夜中の12時過ぎてからだった。外は夕方からの本降りの雨に加えて、風も強くなってきている。しかし窓を開けていないと、ほとんど雰囲気は伝わってこない。
換気用にすこし雨戸を開けたのちガソリンストーブをプレヒートし、水タンクからケトル(やかん)に半分ほど入れてコーヒー用のお湯をわかす。つけっぱなしにしていたラジオがさっきから繰り返しているニュースの声に、いつもとは違う緊張感があるのに気付いたのは、コーヒーでパンを一切れ流し込んでからだった。
ニューヨークの貿易センタービルに旅客機が墜落しました・・
寝起きだったので、最初はそれの意味するところがよく飲み込めなかった。何やらアメリカでハイジャック事件が連続して発生し、3〜4機もの飛行機が墜落、死傷者は多数・・しかしもちろんテレビもないし、世界貿易センターと言われてもどういう建物かピンとこない。夜中の寝起きに陰気なニュースをやってるなぁという不快感が残ったのみだった。どこの局をチューニングしてもなぜかそのニュースばかりなので、ラジオのスイッチは切り、夕食の残りを食べて、また寝てしまった。