※文中の()内の数字記号は昭文社刊ツーリングマップル(2000-2001年度版)のページ/エリア番号です。
朝の5時、明るくなりだした空は今日もいい天気。
朝食をすませ、可燃ゴミを焚き火台で焼却しながら荷造りをする。ここはロケーションはいいのだけど、近くの峠道で走り屋連中が朝方までキーキーとタイヤを鳴らしていたので、あまりいい睡眠はとれなかった。
これから能登半島の西岸にわたり、千里浜まで行ってみようと思う。波打ち際を車や観光バスが行き来しているという、全国的にも珍しいところだ。昨日は車道最高地点の乗鞍を越えて来たのだから、今度はいっきに海抜ゼロの海沿いを走ってみるのも面白いだろう。マップルを見るとR160から西に国道が千里浜の北端に伸びているから、ここを通るのが便利そうだ。
山を下りてR160に戻ると、まだ早朝のせいか昨夜のゴウゴウと流れるような暗い道とはずいぶん印象が違う。高岡市内から北に走り、西岸への入り口を探す。
(中部北陸:P88/F-1からP99/F-6)
しかし標識に目的の番号がなかなか出てこない。とうとう氷見市の中心街を過ぎてしまったが、案内標識は見つからなかった。うっかり見逃してしまったろうか? 道もだんだん寂しくなってきたあたりでバイクを停め、ふたたび地図を確認するが、やはり氷見市の中心あたりで左に曲がらなくてはならない筈だ。近くの自販機の周りにいた、野球部らしき子供たちに聞いてみる。
『あのさ、国道145号って、どこから入ればいいのかな』
『えっ?(一瞬の間)・・415号ならあるけど』
あらためて地図を見てみると、なんと左右のページで1と4が入れ違って記載されているではないか。ツーリングマップルに時々ある誤植だ。(※注18-1)
子供らからも「その地図おかしいよ〜」「カゴシマの人にはわからんよね〜」と口々に言われ、なんとも恥ずかしい。到着したバスに乗った子供らを見送って手を振り、缶コーヒーでちょっと気持ちを落ち着ける。北海道上陸も果たして、台風をくぐり抜け、Bands!の全国オフも無事終わった。あとは鹿児島目指して帰るだけと、大きな目標を消化して気持ちの張りが抜けていたのだろうか。
まだ先は長い、もっとしゃんとしなくては!
羽咋(はくい)市に入ると、海岸への案内看板が道々に出ている。それに従って何やら海水浴場への入り口みたいな砂っぽいところを越えて入ると、その向こう側にあっけないほど広々とした波打ち際が現れた。茶色くてキメの細かい砂がビシッと締まっていて、いわゆる砂浜という感じではない。この大荷物でもサイドスタンドが立つほどで、バイクでの走行もまったく不安はない。
じつは当初、全国的に有名な道だから相応の通行料を取られるのではないかとチョッピリ心配していたのだが、来てみたら無料も無料、酒屋さんの配達車などがヒョイっと入ってきて、けっこうな速度で走っていき、またヒョイっともとの道に戻っていく。車を停めてのんびり寝転がっていたり犬の散歩をしてる人など、地元の人たちの完全な生活道路と化しているようだ。
観光地っぽいものといえば、名物の焼き蛤屋さんが2,3件お店を出している程度。平日の朝7時はさすがに地元の方しか通らないみたいで、とても清々しい気分だ。波打ち際はやや砂が流れているので、より固く締まった中央部を走ってみる。さっきまで走っていた国道のアスファルトと何ら変わらないくらいの安定感。むしろ平坦さではこちらの方が上かもしれない。いちばん北の羽咋川河口から下れば、全長8キロあまりの爽快な海浜クルージングが楽しめる。
ただし調子に乗って飛ばしていると、途中何カ所かに流れている小川のミゾにハマってしまうので注意が必要だ。
千里浜を後にして、次に目指すは東尋坊。
なんだか観光地巡りみたいで気が引けるが、マップルを見ているうちに子供の頃科学雑誌で見た「東尋坊の大絶壁」の写真がふとよみがえってきたので、ちょっと立ち寄ってみる事にする。
しかし・・いざ着いてみると、駐車場からしていかにも観光地の匂いがぷんぷんとしており、旅仕様のバイクとライダーにはどうも居心地がよろしくない。平日ながら客も多く、観光バスの間を抜けた駐車場の端の木陰に、隠すようにバイクを停めた。
(中部北陸:P74/B-5)
カメラだけ持って、さて東尋坊はどこかいなと歩き出すが、道の左右にはビッチリと土産物屋がひしめきあい、兄ちゃん寄ってけアレは買ったかコレはいらんかの大合唱。九州は宮崎の観光地、鵜戸神宮の岬への参道もこれに似た感じだが、ここまで積極的な営業姿勢はなかったと思う。暑かったのでソフトクリームを1つ買ったが、400円もしたわりには安っぽい味で、すぐ溶けてしまった。
そしてようやく海岸へたどりついたのだが、”人をも寄せ付けぬ荒々しい絶壁”の印象とはまるで違ったモノだった。確かに海面からは高い。柱状節理の岩肌も話に聞いたそのままだ。しかしまるで緊張感がない・・絶壁の上は気軽に歩けるし、海面を覗き込むと観光船がスピーカーをがんがん鳴らし、客を乗せてウロウロと這い回っている。自殺の名所というが、ここで飛び降りたヤツはきっと次の日、観光船の話のいいネタにされる事であろう。
ここで写真を撮ると自殺者の霊魂が写るなどと聞かされていたが、私のには特に何も写っていないようだ。この観光地の派手さかげんに嫌気がさして、幽霊たちもどこかに引っ越していったに違いない。
東尋坊からさらに海岸沿いに南下を続ける。コンビニで休憩していると、スクーターに乗ったおじさんが話しかけてきた。いわゆるお節介焼きな人で、聞いてもいない話をどんどんふってくる。昨日コンビニ強盗があったけど○○県警は検挙率が低くて焦っているから気を付けろとか何とか、こういう教えたがりな人はどこにでもいるから慣れているのだけど、あんまり一方的にすぎるので途中から返事をせずに黙っていたら、そのうち向こうから自然に離れていった。
R305を南下して走る。途中短いトンネルが連続してあるところは、青い海と岩肌のコントラストが実に見事だ。岩そのものをくり抜いて道を通してあるところもあって、見ているだけでも面白い。その先の越前というところに温泉を見つけたので、寄っていく事にする。
(中部北陸:P59左/F-1)
福岡から来ているというハーレー乗りのオジサンと談笑しながら、海の見える露天風呂でゆっくりと体をのばす。
青い海、雲一つない空、いい湯かげんの露天風呂で気分は最高、もはや何も言う事はない・・。
今日の宿は琵琶湖のほとりに住むS氏宅にお世話になる予定。R305からR8に海岸線を走り、敦賀市から内陸に向かい、琵琶湖まではわずか20キロあまり。
(中部北陸:P52/A-5)
湖岸ぞいに伸びるさざなみ街道を、夕暮れに染まりだした琵琶湖を右手に眺めながらゆっくり南下する。時刻は午後5時半。
この旅の初め、滋賀県の大津SAから琵琶湖を眺めたのだが、遠くに水面がちらっと見えただけだった。しかしここから眺める琵琶湖はまるで海のようだ。バイクを停めて沈む夕陽を眺めながら、いままで走ってきた道と出会った人々、そしてこれからの進路に思いをはせてみる。
当初は帰宅までもう少し時間をかけるつもりだったが、いろいろ事情があって、4日後には鹿児島に帰らなけれなならない。財布の中身を計算してみる・・もう少し京都や大阪で遊んでから高速で一気に帰ろうか?ここからなら12時間ほどで帰れるのは昨年の伊勢行きで実証済みだ。往路と同じく大阪南港からフェリーという手もある。
しかしそれでは何か味気ない気がする。このBanditとともに北をめざして走り、そして帰ってくるのがこの旅の目的だった。その間いろいろな苦楽を共にしてきた相棒を、ここへ来て単なる移動手段と割り切りたくない。残された日は少ないが、ここから家までの長い道、いっしょに走って帰りたい。
たかが250の中古バイク相手に何を言ってるんだと笑うやつもいるだろうが、私は今やこのバイクと旅をする事自体が、かけがえのないものに思えてきている。
さて、S氏との待ち合わせ場所までもう少し。沈みきった太陽を見届けてから、ふたたび湖畔を走り出した。