※文中の()内の数字記号は昭文社刊ツーリングマップル(2000-2001年度版)のページ/エリア番号です。
早朝、ゆうべから荷を積みっぱなしにしてあったバイクをそろそろと引き出し、S氏とともに朝日に照らされた街中へと走り出す。田園への交差点で軽く手を振り、仕事先に向かうS氏と別れたあと、湖岸ぞいの周遊道路に向かう。今日はとりあえず、岡山から広島あたりを目指して走ってみようか・・。
琵琶湖大橋のたもとにある気温計は22度、橋の向こう側に大きな観覧車が見えている。あたり一面には水の匂いのする風がとうとうと吹き渡っており、涼やかな朝の雰囲気でいっぱいだ。
琵琶湖はたしかに湖なのだけど、あまりにサイズが大きすぎて一般的な感覚でいう”湖畔”というイメージがなかったのだが、ここに来てようやく湖の雰囲気を感じる事が出来た。
150円を支払って橋を一気に渡りきり、京都市に入る。そして兵庫県境に向かうにしたがって、こんどは一転して山深い印象の細い道となり、細やかなアップダウンをこなしながらどんどん分け入ってゆく。県境へ向かう途中にあるその名も「途中トンネル」は短いながらも有料で100円取られるので、これを避けて旧道を使って山越えする事に。
さきほどからバイクの後方で煽り気味についてきていたレガシィワゴンも私の後に続いて進入してきたが、いきなり現れた狭いクネクネ道に驚いてか、ズガガガガっと急ブレーキをかける音が背後で聞こえた。狭いと言ってもバイクにはどうという事もない。この山道で4輪にまとわりつかれても面倒なので、さっさと先に行かせて貰う。
R477から桃井峠、花背峠と急峻な峠道を越えて走る。対向車もなく眺望もない。鬱蒼とした森の中をポツンと1人、山あいにエンジン音を反響させながら、黙々と駆け抜けていく。覆い被さるような梢で電波が遮られるので、GPSの位置精度もだんだんアヤしくなってくる・・
いよいよ細くなった道の途中、メットのシールドを上げて見上げると、目もくらむようなまっすぐの木立が、彼方までえんえんと連なっている。思わずバイクを停めて木々の見事さに見入ってしまった。エンジンを切ると、つーんとした静寂に体ごと包まれた。胸いっぱいに吸い込む木の香りが心地よい。
こういうところに来ると、たかが250ccといえど、バイクというものがいかに汚染と騒音をまき散らしながら動いているかが身にしみてわかる。
このあたりからさらに北の美山方面に行く事も考えたが、今は観光地を走る気分ではないので、今までどおり細い県道をつたって亀岡市、園部町と渡る。兵庫県の篠山市に入ったところで休憩。時刻はまだ午前10時前。売店で昔懐かしいビン入りスコールを買い、縁石に腰掛けて地図を見る。
(関西:P29/F-4)
そろそろ給油が必要だが、ここから先は加西や姫路などの都市部になるので心配はない。このまま南に下ってから瀬戸内の海沿いに走りたいところだが、このあたりは工業地帯が多い様子。赤穂市から先のR250なら、埋め立て地もなく景色も良さそうだ。とりあえずは姫路を横切るコースで、R2を目標に走る事にしよう。
姫路市を通過したあと、流れのいいR2に押されて走るうちにR250への分岐を見逃してしまい、結局海側に出たのは岡山県に入ってからだった。
岡山ブルーラインは有料道路で510円かかるけど、マップルに「お薦めワインディングロード」ともあり、景色の良いところで昼食も食べたくなったので、走ってみる事にする。備前市から橋をわたり、瀬戸内海に張りだした山塊の間を縫うように快適な道が続いている。確かにいい道だけどアップダウンがかなりあるので、思いきり楽しむにはもう少し排気量が欲しいところ。
(中国・四国:P36/H-2からF-5へ)
途中にある道の駅に寄ってみると、平日だが下の駐車場はけっこう車が多い。上にあるレストランは休みだった事もあり駐車場はガラガラで、広いスペースを独り占め、のんびり出来た。ベンチに寝そべってゆっくりと瀬戸内を眺める。瀬戸大橋か何かがぼやけて見える。遙か向こうに霞むのは小豆島だろうか・・
ゆっくりしたあと、荷物を降ろしてチェックをしてみる。風呂の時に使うナイロンタオルと裁縫セットがいつのまにかなくなっているのに気付いた。ゆうべS氏の部屋に置き忘れてきたろうか?
あと、いつか早朝のコインランドリーで拾った大きなビニール袋をテントやマット類の防水に使っていたが、所々穴があき、さすがに限界のようだ。厚手で丈夫に出来ており、この旅のあいだは雨の日に重宝していたのだけど、もうお役ご免だろう。その他、無用な可燃ゴミ類をまとめて引き出し、ゴミ箱に捨てる。
パーキングではこういう外部ゴミはホントはまずいんだろうけど、最近は地域のゴミ捨て場も鍵付きで、よそ者はむやみに捨てられないようになっている。(そうでなくても、なかなか捨てにくいものだが・・)
結局、私のような人間はこういったパーキングやコンビニのゴミ箱を利用するしかない。野営時に焚き火が出来れば燃やしてしまえるが、燃えない空き缶やビン類はどうしようもない。
なるべくゴミを出さないようにするのも、旅人の心構えとして重要だなと思う。
R2をベースに、海沿いの県道をなぞりながら、広島県に入っていく。
尾道に入ったのはもう午後4時ごろ。朝からの走行距離も400km近く、ちょっと疲れ気味。しかし憧れの尾道の町並みを眺めるのはまさに至福の時。嬉しさのあまりカメラを出すのをすっかり失念してしまっていたが、まぁこの目でじかに見れたのだから、いいのだ。
さて、今夜の宿はどこにするか・・さすがに市街地にはテントを張れそうな場所などなく、山手の方に走りながらマップルを眺めてみると、となりの三原市に仏通寺という無料キャンプ場があるのを発見。ちょっと距離はあるが、お寺という事で安心して泊まれそうだし、水にも不自由しなさそうだ。仏通寺は山陽自動車道の三原久井インターの近くにある。
(中国・四国:P42/D-5)
県道番号の標識を頼りに、そろそろ薄暗くなりかけた道を走る。もうすぐそばまで来ているはずだけど・・
道がどうもマップルと合ってない気がする。妙に雑草に覆われていたり、標識どおりに行っても、行き止まりだったりするのだ。コンクリの保護壁の新しさから見て、道路の改修工事でもあったのだろう。こういう細かいデータはマップルにはあまり反映されないので、アテにならない場合もあるのだ。近所の人に道を訊こうと道沿いの民家を訪ねるが、どういうわけかどの家もがらんとして、誰もいない・・
夕暮れの空の下、まだ宿が決まらない。
こういう状況はかなりつらいものだ。こうなりゃ高速の高架下でもいいかな?と思ったとき、犬の散歩をしていたおじさんが現れた。おかげでやっとキャンプ場までたどり着く事が出来た。どうやらマップルに記されていたマークの位置が、道一本ぶん違っていたようだ。
しかし駐車場らしき場所はあるけど、いったいどこがテントサイトなのかよくわからない。お寺というわりにはそれっぽい建物もなく、管理人らしき人影もない。ホントにここでいいのかなと思うが、奥に奥に入っていくとサイトの案内看板もあり、それらしい水場もあった。水もまぁまぁ飲めるし、ここに決めてしまおう。
トイレの類が見あたらないが、そこはなんとかするとして、さっそく蔦のからまった東屋風の下にテントをこしらえ、米を洗い、夕食の準備にかかる。
空き地の遠くに外灯がぽつんとあるきりで、とてもキャンプサイトには見えないが、月が顔を出して鈴虫の音が流れるころにはすっかり馴染んでいた。明日はいよいよ九州入り。思えば長いよいうで短い旅だったなぁ・・
北九州では友達の家に泊まれるだろうから、今夜が最後の野営というわけだ。そう思うとこの狭くてキタない安テントも、愛おしく思えてくる。
今夜の夕食、広島風スパゲティの赤く辛い麺を残りご飯でなめるように平らげ、フライパンを奇麗にして水に浸けておく。ちょっと米が余り気味だが、明日の朝には遠慮なくいっぱい炊けるのがうれしい。
そして昇る月をぼんやりと眺めながら、うつらうつらしてきたとき・・
突然テントを引き裂いて、何か巨大なものが侵入してきた。
「イノシシだ!」
血の気がひいた。驚きと恐怖で声も出ない・・いや、体が動かない!ぜんぜん動かない!仰向けになっている体に、猪の大きな顔がゆっくりとのしかかってくる。そして両腕を使って俺の足をつかみ、左右にムリヤリ広げ、
両腕?・・・この猪、首から下は人間の体をしている。
息がつまる、なんだこれは、助けて、うわ! うわ!
「・・ぁぁアア!!」
絞り出すようにして、やっと声が出たとたん、そいつは消えていた。瞬間、自分の体よりもまずテントの裂け目をなんとかしないとと思い、外皮をさぐってみた。しかし裂け目どころか、穴も何もない。
(・・夢か?)
掴まれた(はずの)足はまだじんじんと痺れて、首筋にはじっとりと汗が浮き出ている。
息は荒く、心臓が喉から飛び出しそうだ。周囲はまったく静かで何の気配もない。鈴虫の声だけが流れ、昇ったばかりの黄色い月が薄雲をまとっている。
あれが一体何だったのか、今もってわからない。その夜はラジオをつけっぱなしにし、ランタンもマグライトもぜんぶ点けて過ごした。結局寝られたのは朝方の1時間くらいだった。