ツーリングマップルのページ記号は2003年春以降に発売された新版を基準にしています。
正午頃になると撮影枚数は900枚近くにもなり、メインカメラのバッテリーが2本目、サブカメラでは3本目に入った。
最初はカメラのスイッチをずっと入れっぱなしにしておき、数分間ノータッチでスリープ状態になる機能をバッテリーを持たせる目的で使っていたが、撮影が進むにつれ、バッテリーの消費にさほど変化がないように感じたので、途中から撮影単位毎にいちいちスイッチを切るようにしてみたら、バッテリーライフがやや向上した。スイッチオン時のメモリーチェックやディスプレイ表示などで余計に電力を消費するかも・・と想像していたのだが、実地で試してみたら意外とそうではないようだ。
ところで時刻はとっくにお昼をまわったのにもかかわらず、撮影待ちの長蛇の列は一向に減る気配がない。10年前ならこのあたりで各班交代で食事休憩をとっていたと思うが、今回はそこまで人的余裕がないので、結局お昼を食べるのはあきらめ、売店のペットボトルのジュースのみでしのぐ事にした。何時間も待っている大勢の人たちを差し置いて、メシなんか食っていられる心境ではない。
本部からは一応「無理せず、適宜休んでくださいね」との指示はあったが、あえて無視してそのまま撮り続けた。せいぜい売店にジュースを補給しに行った時に店の前のベンチに腰掛けて2,3分小休止する程度で、それも全体通して3〜4回くらいだったろうか。たぶん他のスタッフも全員そんな風だったと思う。こうなるとカメラのバッテリー以前に人間のほうが最後まで持つか心配になってくる。
いっぽう参加者のみなさんも、この炎天下に何時間も並んでやっとここまで到達し、ヘトヘトに疲れきっているはずなのに、カメラを向けるとニッコリといい顔をしてくれる。そうやって我々スタッフが逆に参加者にパワーをもらっている面も多くあった。
ナンバープレートを見ていると、遠隔地、それも九州外から来た人が思いのほか多いのに驚かされる。これは間違いなくETC割引の影響と思われるが、いくら高速が安くなったからといって、この時間から阿蘇を出発して広島まで帰りますとか、今夜中に大阪までとか、あなた相当疲れてそうだけど大丈夫?とこっちが心配になってしまうような人も少なくない。出来ればゆっくり一晩泊まっていってもらいたいが、明日の月曜から仕事となればそうもいかないだろう。中には行きも帰りも相当な強行軍をやった人だっていたはずだ。
毎週土日の午後は、阿蘇から熊本市街地へ向かう国道が常に大混雑する。ここ草千里から山を下って約40キロ離れた九州道の熊本インターまで行こうとしたら、ヘタすれば2,3時間くらいかかる事もある(すり抜け可能なオートバイならそこまでかかる事はないが、危険が伴う)。数ある九州の観光地の中でも阿蘇周辺は間違いなく第一級の人気スポットではあるけど、国道57号の拡幅工事の遅れに代表されるように、周辺の環境整備はもうひとつ進んでいないのが現状だ。
先にこの日の渋滞はひどかったと書いたが、実はちょっとした連休の週末にも、やはりETC効果であのレベルに近い渋滞の列(ただし乗用車が主)が発生し、駐車場に入りきらない車が草千里周辺を右往左往する光景は今や珍しくない。各種イベントやツーリングでお世話になっている身でこう言うのも何だが、毎回阿蘇まで来るたび、もうちょっと何とかならないものかと思ってしまう。
ところでETC効果ももちろんだが、今回は10年前と較べて女性ライダーの数がかなり増えているような印象を受けた。しかも野郎顔負けのビッグバイクに颯爽とまたがっていたりするのに、みんなファッショナブルで実に可愛い。
会場に着いたあとで、お気に入りのかわいい洋服に着替えてから写真に収まりに来た子もいた。撮影用の着替えを持参するなんて発想は、むさ苦しいヤロウライダーにはまずない。今までは彼氏とくっつくついでにオートバイに乗っているようなのが多かったが、今の女性はちゃんと自分を演出するための道具として、男どもよりずっと有効利用しているように感じる。我々としても女性の輝くような笑顔を撮るのは楽しいし、願わくばもっと増えて欲しいものだ。
撮影する前にはどういう角度がいいですかとか、何人ずつで撮りますかなどのリクエストを一応訊いてからやるわけだが、グループで来ていても撮影は個人単位、つまり1人ずつ撮ってくれと言われる場合が多い。その方が愛車も目だつし、写真集として印刷された時に大きく載るからいい記念になるだろう。
もちろんペアやトリオで撮ってほしいという人たちもいるから、それなりにアングルや光線の具合を考え、愛車も一緒にフレーム内にうまく収まるようにしなくてはならない。混雑していて撮影場所があまり広く取れない会場内では、これがけっこう大変なのだ。
お揃いの革ジャンでキメているような大チームだと10〜20人も並んでまとめて撮るという場合もある。まあ気持ちはわかるが、よほど大きなページ領域を当てない限り、1人1人の顔はほとんど豆粒にしかならないだろうから、個人的にはあまりおすすめではない。
とは言え、団体撮影だとそれだけ早く撮影待ちを消化出来るわけで、カメラ担当としてはラクさせてもらえるぶん、ちょっぴりうれしかったりもするのだが。
カップルで来ている若いライダーなどは、撮っているこっちが恥ずかしくなるようなポーズを(くっつきあって互いの手でハートマークとか)イチャイチャしながらやってくれたりするから、ただでさえ暑い会場なのになおさら温度が上がってしまう。これが年季の入った老夫婦ライダーともなれば、つかず離れず、こちらから何も指示せずともまるで1枚の絵画のようにピタッと立ち位置を決めてくれるのが実にクールである。
そうこうしているうち、猛威をふるった真夏の太陽もだんだん傾きだし、会場内も多少は涼しくなってきた。撮影が一番順調に思えたのもこの時間帯で、参加者と談笑する余裕も自然と出てきた。
今これを読んでいるあなたが、もし次回の草千里〇〇に参加してみようとお思いなら、撮影は午後4〜5時頃がおすすめだ。殺人的な混雑を避けられるというメリットの他に、お昼時は頭上近くからの直射日光が射すせいで顔に不自然な影が出やすく、人物撮影にとってはあまり好ましくないとされる時間帯だからだ。これが日没近くになると太陽光線もイイ感じで弱まり、セピア色が強調された印象深い色合いに仕上がる事が多い。
さあ、もう一息だ!
時計は午後4時を回り、撮影枚数も1,200枚を超えた。この時間にはさすがに台数も目に見えて減ってきて、撮影待ちもあまりせずに済むようになり、オートバイを移動させて撮影時の背景を自由に選べるようにもなった。今までやみくもに叫びながら撮りまくっていたのに、急に穴が開いたように仕事がなくなる一瞬がやってくる。
余裕が出来たなら休めばいいのにと思うが、やっぱりあちこち歩き回って、枯れた声で「撮影してない人はいませんかー!」と叫びながら探してしまう。疲れすぎて逆にハイになってしまっているのがよくわかる。もうこのまま最後まで行こう。
さて、10年前も同じだったが、お客がほとんどいなくなる撮影終盤になると、やらなければならない仕事がもうひとつある。それは「自分たちも写真に収まる」という作業だ。我々は運営スタッフであると同時に、この一大イベントの参加者でもあるのだ。
ほとんどのスタッフは一般参加者と同じようにオートバイでここまで来ているから、自分の愛車の前でみんなと同じようにアンケート用紙をかざし、交代でカメラを使ってお互いを撮影し合う。前回同様バテバテながら、今回はちゃんと立った状態で撮ってもらった。
99ではセカンドバイクとして買い足したばかりのKDX125SRを持ち込んだ。どんどん厳しくなる環境規制の中、2ストロークエンジンの新車が参加出来るのはこの年が最後だろうと考えたからだ。結局KDXはその後数年で手放してしまったが・・。
次回の草千里19まで、わがBandit250は生きながらえる事が出来るだろうか?
そしてついに、最後の参加者を送り出した! 前回同様、あちこちから歓声と拍手が沸き起こった。みんな疲れた顔をしているが、とても満足そうだ。
すでに時刻は午後7時をまわって、あたりは暗くなり始めている。撮影枚数のカウンターは最終的にメインの一眼レフが738枚、サブが734枚で合計1,472枚となった。なぜか両者が同数になっていないが、たぶんどちらかに撮影ミスがあったと思われる。(※3)
ちなみに前回の草千里99ではアンケート用紙撮影やサブカメラによるデータ補完という手法をとらなかったから、撮影枚数は今回の半分もなかったはずだ。今までの人生のなかで1日のうちにこれだけの数のポートレート(人物写真)を撮ったのは初めて、そして今後もあるかどうか・・写真を趣味にする者として、すごく貴重な経験になったと思う。
トラックのステージを使って全員で記念撮影をしたら、余韻にひたる間もなく撤収作業にかかる。周辺の道路に立ててあった案内看板を回収し、トラックの飾り付けもすべて外して袋に詰める。つい数時間前まであれだけの数のライダーがひしめきあっていたとは思えないくらい、駐車場は閑散としている。
もう草千里周辺は暗闇に覆われつつあったが、スタッフの皆はまだテンションが下がらぬ様子だ。今日の出来事を振り返り、極度の疲労も手伝ってか笑ってばかりいる人もいる。
そんな中で撤収作業をすすめていた時、撮影データの収集管理のため持ち込んでいたMacBookの液晶画面や自動販売機の蛍光灯に、何やら細かなものがビッシリとくっついているのに気付いた。
それは・・草千里の広大な草原に棲んでいる、膨大な数の羽虫たちだった。この周辺の道には街灯や常夜灯のたぐいはほとんど設置されておらず、光と言えば駐車場内に数台ある自動販売機か、居残っている人間たちの車のライトくらいしかない。陽が落ちるとそれをめがけて何千何万という羽虫が一斉に集まって来るのだ。灯りの近くに立っている者は目を開ける事も出来ず、機材運搬車のドアも開閉が困難で、ちょっとしたパニック映画並みの光景となった。
無数のオートバイが去ったあと、今度は虫の大群が押し寄せてくるとは・・。
撤収作業も一段落し、スタッフはみんな今夜の寝場所に向かって1人、また1人と散っていった。この週末、同じ目的に向かって力の限り仕事をした仲間たちだが、次に直接顔を合わせるのはまた10年後だろうか。思えば不思議な体験である。
今夜の寝場所は草千里から阿蘇パノラマライン・坊中線を阿蘇駅方向に下る途中にある坊中野営場だ。
ツーリングマップル九州P.26阿蘇4-B 旧版P.40阿蘇3-B Google Map
坊中のオープンサイトに乗り入れると、すでに草千里帰りと思われるいくつかのグループがテントを張ってにぎやかに宴会の準備をしていた。一緒にどうですかとのお誘いもあったが、作者はもう心身共に疲労困憊で、他人と口をきく気にすらなれなかった。なんだか手足に軽いしびれすら感じる。お誘いは丁重にお断りし、彼らのテントからなるべく離れた場所を選び、ヨタる足をひきずるようにしてテントを設営し、ほっと一息ついたところで、不意に激しい尿意を感じ、近くのトイレに駆け込んだ。
尾籠な話で恐縮だが、そこで便器の中を見てギョッとした。なんと尿がブラックコーヒーのように濃い茶色をしているではないか!一瞬血尿かと思ったほどだ。今日一日、撮影中に口にしたものと言えば500mlの紅茶ドリンクとアクエリアスが3〜4本のみ。思い返せばトイレも朝一番に行ったきりで、あとは食事もなしでほとんど立ちっぱなしのまま撮影をしていたから、おそらく脱水症的なものを引き起こしていたのだろう。
それから疲れた体をひきずるようにして山腹を下り、JR阿蘇駅の隣にあるぬるい温泉に入って、日に焼けた顔や首筋がヒリヒリするのをガマンしながら汗を流し、とにかく何か食わねばとコンビニに寄った。もう今から米を炊いたり、何か料理を作る気にはなれない。とにかく水分を摂る事が重要だと考え、ポカリ系のボトルを数本と、あとはおにぎりとサンドイッチなどをいくつか買い込み、テントに戻ったらなだれ込むようにして寝転がった。
今夜も気温は高めでシュラフは必要なさそうだ。おにぎりを数個ポカリで流し込み、1時間ほど横になったらようやく気持ちが落ち着き、手足のしびれも消えてきた。
ふとバッグからカメラを取り出すと、今日撮影した参加者たちのデータがまだ一部分残っていた。本部に提出して戻ってきたメモリーカードは、順繰りに自分のカメラに再セットし、撮影開始前に初期化を行う、という手順だった。これは機種によってはカメラ側で初期化をしないと正常に動作しない場合があるためで、撮影終盤に交換した数枚に、初期化をまぬがれたデータが残ったのだ。
寝転がりながら彼らの笑顔を見ていると、今日一日の出来事がありありと思い出され、とても安らかないい気分になれる。彼らは今頃、どこを走っているだろうか。もう家に着いて、今日あったいろんな出来事を家族に話しているだろうか。
そして彼らに会えるのは、また10年後だろうか?
堅い話をするなら、アンケート用紙の個人情報を含んでいるデータだからすぐ消さねばならない代物だが、せめて眠くなるまでもう少し、眺めているとしよう・・。
翌朝になってもまだ疲れが抜けきっていない重い体を奮い立たせ、テントを撤収して野営地を後にしたのが午前8時。
今日の予定は特になく、仕事が始まるのも夜の7時からだから、あとは鹿児島のわが家までゆっくり帰るだけだ。その前にちょっと昨日の会場まで行ってみようと思い、ふたたび坊中線を阿蘇山上に向かって登りだした。
中岳に昇った太陽から朝日が射し込み始めた草千里の駐車場は、昨日とはうって変わって静かなたたずまいを見せていた。気の早い観光バス1台に業者とおぼしきトラックが数台停まっているのみで、溢れかえっていたオートバイの姿はどこにも見えない。
駐車場内に入ってみると、昨日あれだけ人がいたにもかかわらず、目だつようなゴミがほとんど落ちていないのが意外だった。そういえば昨日撤収作業をしている時にもタバコの吸い殻などはほとんど見なかった。参加者のみなさんに、よほどマナーが行き届いていたのだろう。
開店前のレストハウスをのぞいてみると、食堂の予約ボードには韓国や中国からのツアーの名前が目だつ。ここに限らず、最近は日本人よりもよっぽどいいお得意様となりつつあるらしい。さすがに昨日の草千里09ではそういう参加者は見なかったが、そのうち海外からの参加者も増えてくるかもしれない。
売店で家族や職場へのおみやげをいくつか買い、駐車場で休憩しながら、同じようにここに来ていた昨日のスタッフの1人と少しお話をした。やはり当日手伝いに来る約束をしていた人のほとんどにすっぽかされていたのだという。(※4)
各人それぞれの事情もあったろうし、全てが終わった今、あれこれ言ってもしょうがないが、いくらネット上で気軽に決めた事とはいえ、いったん約束したからには多少は体を張ってでも実行しようという気概を持って欲しかったなぁと思う。
それ以外にも運営上反省すべき点は多々あったと思うが、それは次回への課題として記録に留め、とりあえず今は大波が去った余韻に浸っていたい気分だ・・。
また10年たって暑い夏が来た時、草千里19と呼ばれるであろうイベントがここで開かれるかどうか、それはまだ誰にもわからない。今回のスタッフがふたたび集まれる保証など何もないし、別の誰かが手を挙げるかもしれない。ひょっとしたら何も起きない可能性だってある。(※5)
だが、それは今回だって同じだったはず。草千里09はたしかに実行されたのだ。数多くの人々の熱い想いを、ありとあらゆる手段で具現化した結果、昨日ここで起きたすべての事を、参加した人はもちろん、いろんな事情で来れなかった人、渋滞の列の途中であきらめて帰ってしまった人も、みんなずっと忘れないでいて欲しい。その想いのかけらが集まり集まって形となり、次の夏へとつながってゆくはずなのだ。
閑散とした草千里駐車場を前に、今もじんじんと疼いている手足のしびれが言っている。あれはけっして幻ではなかったのだと。
今年になって、新たな仕事が始まっている。写真集完成に向けての編集作業だ。
まず撮影データとアンケート用紙を一致させ、エクセル的なデータ列にしてまとめるのだが、アンケート用紙にピントが合っておらず文字が読めないものが意外に多い。あと撮影時に肝心の管理番号が指で隠れていたり、受付で番号を押印される前に写真を撮っている気の早い人や、カメラマンへの通達不足からか、そもそもアンケート用紙の撮影がなされていないデータ群もあったりして、なんとも厄介なのだ。
それらをあらゆる手がかりのもと(車種や色など)個別に分類して膨大な数をデータベース化する。これは実に地味な作業の連続であり、パソコンの前に何時間も座って画面を凝視し続けていると、もう悲鳴をあげたくなる。これなら炎天下でカメラを振り回していたほうがよっぽど楽だなとつくづく思う。
ともあれ、少しずつだが着実に作業は進んでいる。
写真集の初披露は今年8月の最終日曜、草千里ヶ浜駐車場で行われる予定だ。あの思い出の場所で、みなさんにお会い出来るのを今から楽しみにしているところである。
おしまい