ツーリングマップルのページ記号は2003年春以降に発売された新版を基準にしています。
日本の本土にある東西南北それぞれの先端部の岬は、観光や旅の目的地として重要なランドマークでもある。その中で唯一人間の足で歩いて行けない場所として有名だったのが、鹿児島県の佐多岬。昭和38年(1963年)に佐多岬ロードパークとして自動車専用道が開通して以来、自動車かオートバイを使わなければ岬に達する事が出来なかったこの道が、ついに自転車や徒歩での旅行者にも開放される日がやってきた。
佐多岬ロードパークを廃止 26日から通行無料(毎日新聞ホームページ 2007年4月21日付より引用)
いわさきコーポレーション(鹿児島市、岩崎芳太郎社長)は20日、本土最南端の佐多岬の自動車専用有料道路「佐多岬ロードパーク」を25日に廃止し、南大隅町に寄付すると発表した。26日から町道となり、人も車も無料で通行出来るようになる。
(後略・引用終わり)
ここの町道化についてはもう2年くらい前から道路の所有者である企業側と地元自治体との間で話し合いが持たれていたのだが、経過の情報がまったく聞かれないまま時間だけが過ぎていた。作者も昨年6月に「もうそろそろ解放された頃だろう」と思って訪ねてみたが結局何の変化も起こっておらず、落胆して帰路についた事があるだけに、今回のニュースはたいへん嬉しい。
というわけで、この連休の中日に約1年ぶりに最南端へと出かけてみる事にした。
同じ鹿児島県内とは言っても、作者の住む薩摩川内市から佐多岬への道のりは遠く、都市部の混雑を避けて早朝の時間帯を狙って走っても3時間半はかかる。これはおとなりの熊本県の阿蘇山や太平洋側の宮崎市あたりに行くのと、時間的にはほとんど変わらない。
夜明け前に起きて弁当箱ににぎりめしを詰め、Fitの荷台に愛用の折りたたみ自転車を乗せて自宅を出発したのが午前5時。県道42号、通称空港バイパスで蒲生町を通り、姶良町からR10に乗ったあたりで山の端から昇る日の出を正面に迎えた。さらに霧島市(旧国分市)を抜けてR220に乗り換え亀割峠を越えたら、あとは錦江湾の東岸を南に向かってまっすぐ下ってゆけばよい。
ツーリングマップル九州P.52国分7-E 旧版P.74国分4-D
昨夜の雨の影響か、山頂部分がまだ白く煙っている桜島を右手に見ながら垂水市、鹿屋市と渡り、高須海岸からR269でさらに南下、錦江町(旧大根占町)から南大隅町(旧根占町・佐多町)へと入ってゆく。
R269の終点、佐多支所(旧佐多町役場)の前から県道68号で峠を越え、大泊にある佐多岬ロードパークの第1ゲート(旧料金所)跡に到着したのは午前8時を少し過ぎた頃だった。
ゲート左側の筋に入ってすぐの場所にある大泊海岸の広い駐車場にFitを停め、折りたたみ自転車を降ろして走行出来る状態に組み立てる。撮影用の三脚やお弁当などをザックに詰めたところで、ボトルの水がカラのままだったのに気付いたので駐車場わきにあった水まき用の蛇口から拝借してみたが、これがカルキ臭くて飲めたもんじゃなかった。たぶん地下の雨水タンクから汲み上げてあるのだろう。
まあ、この時間は気温もそう高くないから汗もかかないだろうし、先端の駐車場まではたった7,8キロしかないわけだから、とりあえずはこのまま行ってみよう。
ツーリングマップル九州P.63佐多岬7-A 旧版P.86佐多岬6-A
さて、前回はみごと肩すかしを食らってしまった第1ゲートだが、さすがに今回の報道は正しかったらしく、すぐ手前の生け垣に白い縦長の看板が掲げられ、次のように大書きされていた。
現在地から約6キロの道路は、4月26日から町道になりました。町道区間は、終日、無料で通行出来ます。(徒歩・自転車でも通行出来ます。)
南大隅町
料金表は黒く塗りつぶされ、受付係が居座っていたサッシの中の部屋にはホコリをかぶった机と椅子があるのみで、まるで何年間もずっとそうであったかのように、がらんとしている。
昨年ここに来た時には、自転車なんか通れなくて当然だと言わんばかりの係員の対応に憤慨したものだったが、いざこうなってみると、ちょっと寂しい印象が残る。あの時の受付のおばちゃんは当然この職場を追われたわけで、今は一体どこでどうしているだろう。出来る事なら廃止前にここに来て、お詫びの一言でも言うべきだったろうか? でもあの時のおばちゃんの顔なんて、実はほとんど覚えてないのだが・・。
こうやってゲート前をウロウロしている間にも、車やオートバイが何台か通過していく。まだ朝の8時半だというのに、この道にこんなに車が入って行くのを作者はかつて見た事がない。晴天に恵まれた連休のど真ん中という好条件もあるだろうが、先月末よりテレビや新聞、ネットで大々的に佐多岬無料化のニュースが報じられた事もかなり大きいでのはと思う。今までこの道を通るのにオートバイで400円、車では千円も徴収されていたのだから。
ところでここから終点にある駐車場までは8キロあるわけだが、さっきの看板によると町道化は約6キロ先までとしか書かれていない。実は途中にある第2ゲートまでが町道化された範囲で、そこから終点までの残り2キロは今も企業の私有地のままなのだ。しかしその部分も町道と同じように無料で自転車や歩行者も通れるようになっているはずで、どっちの持ち物だとしても利用者にはあまり関係ないだろう。
それではさっそく、ペダルを踏み込んで走り出すとしよう。この道が開通して以来44年間、イベント時などの特別な場合を除いて、一般人が大手を振って自分の足で通れるのはかつてなかった事。そう考えると、緊張で脚が少し引き締まるようにも感じる。
出だしは調子よく走っていたのだが、すぐ横にある大泊小学校を過ぎた辺りからだんだんと傾斜がきつくなって来た。これはいくらか予想していた事で、エンジン付きのオートバイで走ってもかなりの上り下りが感じられる道なのは充分承知している。しかしそこを人間の足で走るとどれくらいシンドイかまでは、予想出来ていなかった・・。
これは実際、相当なモノだった。ハンドルに取り付けておいたハンディGPSによれば、学校を過ぎたあと600メートルから700メートル進んだところで標高が一気に50メートルも上がったから、勾配で言えば6%から7%にもなる。手入れが悪くて舗装路面が荒れ放題なのはさて置くとして、路側帯部分もほとんど幅がなく、たぶん設計段階からして自転車や歩行者の通行には配慮されていないようだ・・まあ元々自動車専用道だったのだから当然か。
作者にも身に覚えがあるが、自転車マニアならそんな程度は坂のうちに入らないさ、などと言うかもしれない。もし本気でそう考えているとしたら自転車趣味にハマりすぎるあまり価値観が一般常識と乖離し始めている証拠だ。普段ママチャリに乗っていてこんな長い坂道が街中にあったら、作者も含め普通の人なら間違いなく途中で降りて歩くところだ。しかも今日は錦江湾側からの風がやたらと強く、横風や向かい風に脚力を奪われる。今朝車でここまで来る途中も、湾沿いの民家では鯉のぼりが家族揃ってほとんど真横になって泳いでいたほどで、その強風が岬部分の山陰で巻き込まれるせいか、風向きも一定しない。自転車にとっては相当厳しい条件となっている。
途中短い下りを交えながらも道はさらに高さを増し、出発してから3キロ近く進んだあたりで標高は90メートルに迫ってきた。普通の山道なら下り坂と上り坂の間にはいくらか平坦な部分があるものだが、ここではスイッチを切り替えるように境目がはっきりとしていて、まるでVサインの谷間のよう。
次のカーブを抜けてもまだ坂が続くようなら、いったん降りて歩こうか・・などと弱気になっていたら、幅員減少を示す道路標識の先に暗いトンネルの入り口がぽっかり現れた。
この道唯一の岩崎隧道というまっすぐなトンネルで、長さはおおむね200メートルほど。標識が示すとおり幅が狭いので、四輪どうしが中で離合するのは難しい。しかも照明の類はいっさい設けられておらず、両側の入り口から漏れてくる外光だけが頼りだ。だが傾斜だけ見れば、ここから道は下りに転じているように見える。
車やオートバイの切れ目を見はからって、安全のために前後のLEDライトを点灯させてトンネルに一気に進入。天井や壁から水が浸みだし、向こう側の入り口からの光を反射しててらてら光っているのがちょっと不気味だ。でも細いながら側溝が作ってあるので、路上に水があふれ出す事はなさそう。今日は泥よけを付けてきていないので助かる。
途中ちょっと心細くなったのをごまかすように、自転車の警音ベルをジゃリリーン!と思いきり鳴らしてみた。このトンネル内に自転車のベルの音が響き渡ったのは、もしかしたら今日が初めてだったかもしれない・・。
出口が近づき、向こう側の景色がだんだん明るく見えてきた。作者の記憶が正しければ、ここを抜けたら急な左カーブがあって、その先には待望の長い下り坂が待っているはずだ。