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自転車漕いで佐多岬

ツーリングマップルのページ記号は2003年春以降に発売された新版を基準にしています。

2007年5月2日

田尻の第2ゲートから先へ

暗いトンネルを抜けた後、まるで地の底へと続くかのような長い下り坂をまっすぐ走り終えた(900メートル走る間に80メートルも下がった)ところで道は右向きにヘアピンカーブ、ふたたび上昇へと転じる。このカーブ部分の外側には観光船さたでい号の発着所への横道がある。ここからすぐそばの海岸線に出れば、この先の田尻第2ゲートまでは平坦な道でショートカット出来るのだが、とりあえず今回は全線にわたって自転車で完全走破するのが第一の目的だから、楽な道は帰りにとっておく事にして、本線をそのまま進んだ。

第2ゲートから先は今も私有地

この先また60メートルほどの峠をヒイヒイ言いながらどうにか越え、下り坂を一気に下ったら最南端の集落である田尻に至る。ここに第2ゲート(旧料金所)があって、町道の部分はここで終わり。この先は私有地で、条件こそさっきまでの町道と同じだが、通行出来る時間帯が限られており、案内板によると午前8時から午後5時までの時間以外は鉄製の門扉が閉められるらしい。

民家のあるこの場所までは、今までも裏道を通って徒歩や自転車で来られたのだが、いよいよこれから先は自転車も歩行者も通れなかった、文字通り未踏のルートとなる。

ツーリングマップル九州P.63佐多岬7-A 旧版P.86佐多岬5-A

このあたりは山の間にある平坦部で、空が開けて見えるせいか周囲の景色も明るく感じる。それでもやっぱり続く上り坂と気まぐれな強風はあいかわらずで、もうしばらくは苦行が続きそうだ。坂の途中で左下の民家を見やると、そこからこの道に上がって来れる細い踏み分け道が幾本か伸びているのに気付いた。今までずっと原則歩行者禁止の自動車専用道というのが建前だったわけだが、地元の人の生活道路として、現場では意外と大目に見られていたのかもしれない。

路肩と言えばもうひとつ気付いたのが、何かの動物のフンが路肩部分に延々と一定間隔で落ちているのだ。色はどれも同じで、まだやわらかいうちは深緑色で乾燥してくると茶色くなる。いくら歩行者解禁になったと言っても、こんな山道にマナー知らずの愛犬家が早朝から大挙して押し寄せたとも思えない。確証はないが、これはおそらくこのあたりに多く棲む野猿のものだと思う。今日もここに来るまでに路肩に座り込んで何かやっている野猿の群れを二度ほど見たし、きっと連中はアスファルトの上で用を足すために出てきているのではないか。でないとこの数はちょっと説明がつかない気がするのだ。

用足しくらい山の中でやればいいのに、なんでわざわざ車の通る道まで出てくるのだろう。あるいはこれも縄張りマーキングの一種で、「人間どもよ、ここから外側はおれたちの領域だぞ!」と訴えているのかもしれない。まあ理由はともかく、自転車や徒歩の人はうっかり踏んづけないよう注意を払う必要がある。
オートバイでは10分もかからず通り過ぎてしまうこの道も、自分の足でゆっくり走ってみると、いろんな発見があるものだ。


北緯31度線を越えて道の終点まで

北緯31度のモニュメント

道を少し下って左カーブをクリアすると、海側の路肩に太い組み木でこしらえたタワーが建っている。SATA 31°LINEと大きく書かれたこのモニュメントは北緯31度線を示しているのだ。つまりここから先は日本本土で唯一の北緯30度台の世界になるわけで、最南端の証としてこのタワーをバックに記念撮影する人は多い。

ところでこの日のハンディGPSの走行データを、帰宅後にパソコン上でチェックしてみたところ、正確にはもうちょっと先の駐車場の手前あたりが北緯31度ジャストになるようだ。考えられる理由として、このタワーが建てられた当時と現在では、経度緯度の基準となる測地系が変わっている点が挙げられる。
以前国内で使われていた日本測地系(Tokyo Datum)と、現在主流の世界測地系(WGS84・※注1)とを比較すると、場所によっても若干違うらしいが、一般に後者の方が南東方向に400メートルほどズレると言われている。つまり新しく採用される測地系によっては、下手すると佐多岬全体が北緯31度線から外れてしまう可能性だってあったわけだ。
経緯線なんてものは自然界には存在せず、人間の都合で地図の上に引いてあるにすぎない。あまり細かい数字にこだわってもしょうがないだろう。

時刻はちょうど9時。薄手のウインドブレーカーが汗ばんだ肌にベタつくので、脱いで丸めてザックの中にしまい込んだ。この先は終点までわずかな上りを残すのみで、体温を奪い去る下り坂はもうないはずだ。ふたたびペダルを踏みしめ、最後の坂をよっこらと上がる。

駐車場の奥へ停める

そしてついに、道の終端部分である駐車場にたどり着いた。自分の足でここまで来る事の出来なかった場所。たった8キロあまりだが、大きな壁として旅人の前に立ちはだかっていたのだ。
この時間、駐車場の枠はもう半分も埋まっていて、近年の佐多岬としては大入り満員と言うところか。オートバイも10台以上列をなしており、そのどれもが荷物を満載したロングツーリング仕様の県外ナンバーだ。

ここから先の展望台へは、逆に徒歩でしか行けない。駐車場の片隅に目立たぬよう自転車を置き、ワイヤーロックを二本かけた。このシチュエーションで自転車泥棒をはたらく奴がいるとは思えないが、念には念をだ。特にこのシボレーのような折りたたみ式は、車のトランクにさっと放り込んで持ち去られるおそれもある。
駐車場の反対側を見ると、同じくここまで自分の脚で来たらしい人の自転車が停めてあった。海のように鮮やかなブルーのGIOS製ロードレーサー1台に、MTBが数台。あれくらいのギア装備があれば、この山坂道ももっと快適に走れるかもしれない。

トンネルの受付で入場料300円を支払い、奥に進む。今までは100円で入れたのだけど、なぜか今回の町道化と時を同じくして値上がりしている。


相変わらずの遊歩道

南国特有の花咲く遊歩道

トンネルを抜けると、周りを木々に囲まれた広場のような所に出る。昔はこのトンネルにも車が通っていて、この広場には操車場があったという。
ここから細い遊歩道を歩いて岬の展望台へと向かう。まあ遊歩道と言えば聞こえはいいが、これがまたさっきまでの本線道路に負けず劣らずのシンドイ道なのだ。ハンディGPSの測定ではさっきまでいた駐車場がだいたい標高90メートルほどで、遊歩道の一番下が50メートル。その先の展望台あたりではまた80メートルくらいになるから、片道1キロほどの間に40メートル前後の高低差を徒歩で降りたり上がったりしなくてはならない。石段も荒々しく大ざっぱな造りで足を運びにくく、脚腰の弱い年配の人には厳しい道のりとなる。

ここに来て激しく喉が渇いてきた。スタート時ボトルに水を汲んでおかなかったせいで体内の水分が足りない。といって遊歩道の途中には自販機もないから、我慢して先を急ぐ。すると途中にある神社の境内に水場があったので、これ幸いと柄杓を手にとって2杯、3杯とゴクゴク飲み干した。横に何やら「飲料には適しません」と書いてあったような気もするが、なぁに、たいてい公衆トイレの水道にもそう書いてあるが、作者はあまり気にせず飲んでしまう事が多い。だいたい飲めもしないような水で口濯ぎや手洗いをさせる方がおかしいではないか。別に変な臭いもなかったし、この文章を書いている2日後になっても腹具合は何ともない。だが一応飲料不適な水らしいので、無理におすすめはしない。
このように遊歩道の途中では水分補給が出来ないから、もし真夏の炎天下にここを歩く時は各自ペットボトルや水筒を持参するのが望ましいだろう。

ここから展望台までの途中にはレストハウスと呼ばれる鉄筋2階建ての建物があるが、いつかの台風で海側の窓が破壊され、2007年5月現在も廃墟同然で放置されたままだ。海側に回ってみたが、一部柱が折れている所もあって、下手するとそのうち倒壊するのではないだろうか。崖っぷちに建っているせいか修理工事もままならないようで、この先観光客が今の何倍も押し寄せる見込みでもない限り、直される可能性はないように思える。

佐多岬の看板の横でパチリ

観光パンフレットでもよく見る本土最南端・佐多岬の看板のある展望所からは岬の突端や白い灯台の立つ大輪島が正面に望め、たくさんの人がカメラを持って撮影に夢中だ。みんな服装から判断してオートバイでやって来たライダー諸氏のようだが、ソロで来ている人が多いのか、自分のカメラで黙々と風景を切り取るのみで、三脚を使ったり誰かにシャッターを託して自分も景色の中に入ろうとする人がいないのが、この観光地にあってなんとも妙な感じだ。
まあ、同じオートバイ乗りでもある作者が言うのも何だが、彼らはごっつい革ジャンなんか着てる割には意外とシャイな人が多く、旅を終えて帰宅した後、あの時あそこで誰かに頼んで撮ってもらえばよかったなあ・・などと後悔する事も多々あるものなのだ。

その中のひとりの若い子に「シャッター押しましょうか?」と切り出してみたところ、笑顔で答えてカメラを預けてくれた。ついでに作者も自分の携帯のシャッターを彼にお願いし、先ほどトンネルの売店で買っておいた最南端到達証明書(税込105円)をかざして最南端の風景の中に収まる事が出来た。おかげで苦労して持参した三脚は用なしになったが、その直後立派な一眼レフを持った別の客に「ちょっとこれ(三脚)どけてくれません?」と憮然とした表情で言われたのには少々ムッとした。私は「ああ、これは失礼・・」と口では言いながらも、(フン、君にはシャッター押してやるもんか!)などとココロの中でつぶやきつつ、寝かせた三脚の脚をひっこめた。
そして汗拭きタオルや三脚をザックに奇麗に収めてベルトを再調整し、最後にこの先の展望台まで行ってみようかと立ち上がった時には、もう辺りには誰もいなかった。


恐怖の展望台

高さ20メートルほどもある白い展望台はここの施設の中では白眉と言える存在だが、レストハウスと同様に台風被害に遭った時の傷跡が修理されておらず、頂上部分にある展望室の窓がいくつか無くなっているのが下からも見てとれる。そのため立入禁止になっていたはずだが、展望台の入り口は開いていて、ジュースの自動販売機も(観光地価格ではあったが)1台動いていた。展望台への階段の所には受付のおばちゃんがいて「上まで上がれますよ」との由。でもなぜか別途200円が要るらしい・・。
厚紙製の切符をよく見ると、バスか何かの乗車券をそのまま流用しているようで、鹿児島交通乗車券・途中下車無効などと書かれている。海抜100メートル近い展望台から途中下車なんぞする度胸はないが、とりあえず話のタネに上がってみる事にした。

恐怖の展望台

以前この展望台に上がったのは何年前だったろうか、その時は壁一面にびっしりと落書きがしてあってすごかった記憶があるが、今やその面影はなく、奇麗に白く塗り消されている。四角い柱の中にあるらせん状の階段を上ってゆき、いよいよ頂上の展望室に出た。
だがそこは工事用の仮設足場と金網で周囲を応急的に囲っただけの、吹きさらしの恐ろしい場所であった。本来の窓部分は4カ所ある角のうち3つがサッシの枠ごと完全に欠け落ち、海の彼方からものすごい風が吹き込んでいる。中央の壁と仮設の金網との間隔は1メートルほどしかなく、その間をそろりそろりと歩かねばならない。まるで工事中の高層ビルの屋上にでも立っているかのようだ。見下ろす景色は確かに見事なものだが、出来ればもっと風のないおだやかな日に上るべきだろう。特に高所恐怖症の人は絶対やめておいた方がいい。作者も上ってから2,3分もしないうちに降りてきてしまった。

帰り道の長い遊歩道を歩く間、何か頭にひっかかるものがあった。さっきの切符売りのおばちゃんの声に、なんとなく聞き覚えがあるのだ。もしかしたら去年、まだ町道化されていない頃に第1ゲートで思いきりイヤミを言い放ってしまった時の、あのおばちゃんだったかもしれない!
まあ、もしそうだったとして、今から展望台まで引き返してあれこれお話をする気にはもうなれない。ゲートがなくなってもこの場所で職を得られたのだから、よかったですねとココロの中で言って、おしまいにしよう。第1ゲートと比べて毎日の往復がちょっと大変そうだけど・・。

ふたたびトンネルを抜けて駐車場に戻りついた頃には観光客の車の数もかなり増えていて、空き枠を見つけるのが大変なほどの賑わいを見せていた。さて、時刻はもう10時過ぎ。家を出発するのが早かったせいか、ちょっと小腹も空いてきた。田尻の港までひとっ走りしてからお弁当にするとしよう。


最南端を後に

作者は以前この下の海岸線を歩いて、足下で地面が尽きる真の最南端まで行った事がある。だから入場料を払って入るこの遊歩道や展望台にはもう大した価値は見出せないと思っていたし、今回もロードパークの町道化というニュースがなければ、わざわざガソリン代を使ってまで来る事はなかったろう。だがここにはかつて陸の孤島と言われ、観光客どころか誰も寄りつきさえしなかった佐多岬をどうにか観光地化しようと努力した人々の痕跡が、今も見て取れるような気がする。ともすれば悪口ばかりささやかれる事の多い佐多岬ではあるが、観光資源としては今もかなりの潜在力を持っていると思う。

本土最南端という貴重な場所が地元にあるのに、鹿児島県民はあまりに関心がなさ過ぎるのではないか。何かというと福岡方面を眺めながら新幹線や高速道路建設にばかり執心するのも結構だが、他の地域には絶対真似の出来ない県独自の観光資源をまず見直し、現状をより改善する努力をしてみるのも今の時代けっして悪くないと思うのだ。今回の町道化による規制解除が、観光地佐多岬のよき未来へ向けての第一歩であって欲しい。

おしまい

※注1 世界測地系(WGS84)
正確には日本測地系2000(Japanese Geodetic Datum 2000)だが、これと世界測地系(WGS84)とのズレは±10センチ以下なので同列に扱っても実用上問題ない。JGD2000の公式採用は2002年4月1日から。
移動距離
340km(車)+16km(自転車)
ガソリン
2,772円(20.0L・薩摩川内市) 総燃費24.0km/L
入場料など
佐多岬公園 300円
展望台 200円
最南端到達証明書 105円
食費など
170円
合計
3,547円

大泊の第1ゲートから終点の駐車場までの走行データ

走行距離7.9キロ/所要時間36分/平均時速13.3キロ

GPS走行データ GPS走行データ

※このグラフはGARMIN製ハンディGPS・etrex SummitのTrackデータを元に、GPSe (MacOS9版)で処理した画面を着色加工したものです。

2012年10月30日追記 佐多岬ロードパークはこの日をもって全区間が南大隅町所有の一般町道となり、ごく普通の道として完全無料化された。