ツーリングマップルのページ記号は2003年春以降に発売された新版を基準にしています。
周辺にはもう高い木々はなく、荒れた山肌が低草の間から黒く見えている。勾配10%以上はあるだろう急坂をエンヤコラ、エンヤコラと上がると、さっきまで遠くに見えていたミルクロードの尾根筋が間近に見えてきた。ようし、もう一息だぞ!
左へ急角度で折れるヘアピンカーブを越え、すぐさま右に大きくぐるっと回ったカーブを過ぎたところで、待望の分岐路の標識が見えた。
「ハァハァ、やっとここまで来れたなぁ・・」
しかしこのR212とミルクロードの交差部分は平面ではなく立体交差になっていて、しかも山肌の途中に設けられているせいか両方の道にやたらと高低差がある。結果、分岐路へ上がっていく道は距離こそほんの数10メートルながら猛烈な急勾配となって目の前にそそり立つ事になるわけで、クルマやオートバイでもここで一時停止するとちょっと難儀するほどの急坂。これはもう正直、降参だ。おとなしくサドルを降りて、路肩を押して上がる事にした。まあここまで頑張って上がって来たんだし、これくらいは許されるだろう。
現在時刻は9時半過ぎ。途中でちょっと心配になったりしたが、これなら余裕で時間内に到着出来そうだ。あとは残りのわずかな距離でパンクしたりチェーンが切れたりしない事を祈るのみだ。
多くなってきたクルマの間をぬって向こう側へ渡り、道の端を押して上がる。こうして路肩を歩いてみると、この手の観光道はクルマには都合がいいが、歩行者や自転車の事はほとんど考えられていないなあと痛感するのだ。通常、独立した歩道のない道では路側帯(白線)が歩道の役目をするので、クルマは特に理由がないかぎり踏んづけたり駐車してはならない(自動車学校の卒検でこれをやると脱輪扱いで大幅なマイナス点になるのだ)が、残念ながら公道上ではほとんど守られていない。その路側帯も本当に歩行者を歩かせる気があるのかよ、と思えるくらい狭苦しいのが多い。まあこんな場所まで徒歩や自転車で上がってくるのはよほどの物好きだろうから、あえてこんな風になっているのかもしれないが。
10メートルほど上にあるミルクロードに向かって歩いていたら、途中前方に小さな売店のような小屋が見えた。ロープやシートが周囲にかかっていて営業はやっていなさそうだが、その前に1台の自販機があるではないか。ちょっとの間忘れかけていた喉の渇きが猛然とよみがえってきたのと共に、どこにでもあるコカコーラの赤い自販機がまるで砂漠の中のオアシスのように輝いて見えた。と言っても砂漠を歩いた経験なぞ一度もないが・・。
「やった〜、ここでようやく水が飲めるぞ!」
しかしこのような人気のない店先のシチュエーションではたいてい電源が抜いてあったりとか、故障中で使えないケースが多々ある。ぬか喜びはしないように、とりあえず疑いのまなざしをもって近づく。だがそんな心配をよそに、冷却器のウイーンというモーター音が周囲に響きわたって、この文明の利器が立派に稼働中である事を告げてくれた。
150円の「日本アルプス・森の水だより」というミネラルウォーターを買って冷たい水を一気に半分ほど飲み干す。傍らにデイパックを降ろし、腰をウーンと伸ばして、これでようやく人心地ついた気分になれた。
この分岐路もオートバイやクルマで何度も上り下りしているはずなのに、ここの小屋や自販機の存在は全然頭になかった。やっぱり徒歩や自転車のペースに較べると、スピードの速い乗り物では周囲から受ける情報の密度がどうしても下がってしまうのだろう。
さて、ここから大観峰まではもう2キロ程度を残すのみ。もう着いたも同然だ!
外輪山の尾根筋、ミルクロードはまだ少し白いガスにけぶっていた。いつもガスで白っぽいからミルクロードなのではなく、酪農仕事の往来に使われるからそう呼ばれているらしいが、天候によっては全線真っ白の雲の中に覆われ、ほんの20〜30キロをクルマで1時間以上かかる事だってある。しかし今日はどうやら最終的にテレビの言っていたとおりの回復基調のようで、薄雲の間からはチラッと太陽も顔を出してくれている。
さて、この先にはもう急な勾配はないはず。ギアを標準位置に戻し、大観峰目指して颯爽と走り出した。
いつもはオートバイで走るミルクロード、作者は普段からそんなに飛ばして走る方ではないし、むしろこういう場所ではゆっくり走って空気感を楽しむのが好きだ。しかし今日は自転車で時速わずか10数キロとはるかに遅いから、かつてない濃度で阿蘇の清冽な空気を身いっぱいに感じる事が出来た。草原に吹きわたる風の音をさえぎるヘルメットやエンジン音もなく、近くで牧草を食む牛たちの鼻息さえ聞こえてきそうだ。今まで意識する事がなかったが、ミルクロードと言うところは時折通り過ぎてゆくクルマやオートバイを除けば人工音のほとんどしない、とても静かな山上の道なのだと気付いた。
自転車や徒歩で阿蘇を進むこの快感は、今後ちょっと作者を虜にしてしまうかもしれない。坂の上りこそしんどいが、それに見合うだけのものはちゃんと用意されているものだなぁと強く感じた。
そのうち前方に看板が見えた。大観峰入り口まで200メートル。ゴールは近い!
ここで記念写真を撮ろうと思い、地面に小さな簡易三脚でデジカメを立て、看板と道路と自転車が入るようにうんと引きのパースで撮る事に。しかしこれだとカメラ位置から自転車の所までけっこう距離があるから、セルフタイマーを入れたらダッシュしなくてはならない。
1回目、どうにか間に合ったがちょうどクルマが来たのでポーズを付けるのが恥ずかしくなり、何だか半端な写真になってしまった。
2回目、クルマが来ないのを確認して、クリアーな状態でジャンプしながらバンザイポーズ!しかしタイミングが若干ズレたのでジャンプは写らなかった。でも走る気力がもう出なかったので(このアングルではカメラ地点から登りダッシュになるのだ)、これで良しとしよう。
大観峰への入り口はやや峠状に上った先の下り始めの途中にあって、スピードを出して走るクルマやオートバイがいても向こう側がよく見えないので、出入りするのにちょっと気を遣う場所だ。
ツーリングマップル九州P.91やまなみハイウェイ4-A 旧版P.40阿蘇1-B
売店の並ぶメイン駐車場に向かって進んでいくと、何やらでっかいカラフルなシートを積んだバンが何台も停まっている。たぶんパラグライダーか何かの集まりだろう。しかしこのガス模様ではまともに飛べないのではと余計な気を遣いながらも、脇を通り過ぎつつ軽く会釈したら、何か不思議なものを見るような目つきでジロジロ見られた。こんな山岳路を小さな自転車でトコトコ走っているやつが珍しかったのかもしれない。
時刻は9時45分、売店前にはBanditに乗る2名の参加者が早くも到着されていた。時を置かずして熊本のKBさんが阿蘇の湧水をたっぷり入れたタンクとコーヒー豆を持って、新車で買ってから10年以上も愛用しているというXLR125Rで到着。作者も立木にキープしておいたテーブルを広げ、ガソリンストーブで湯を沸かしてコーヒー作りを始めよう。そのうち空もいっそう明るくなり、大分や長崎など九州各地から参加者が集まり出した。朝方激しい雨に降られた地域もあったようだが、それでもカッパを着て頑張って来てくれたライダー諸氏に、熱いコーヒーを一杯。
昨年の春の回では突然ヒョウが降り出すなど天候の激変にさらされた事もあったが、今回も空模様こそあまりすっきりしなかったものの、そのぶんみんな時間までゆっくり楽しんでいかれた事と思う。差し入れも豪華な手作りチーズケーキから各種お菓子まで盛りだくさんで、自転車走行と間食断ちでやっと減量に成功した作者にはちょっと危うい誘惑の一瞬でもあった。
この集まりももう7年目くらいになるだろうか。過去の記録を見ると最初にやったのが2000年の10月22日とある。それ以降は年にほぼ2回のペースでずっと開催されているから、もう10回以上は確実にやっている事になる。最初とすると常連参加者の顔ぶれもかなり変わったが、ライダー同士、ひとっ走り終えた後のいい顔を見るのは嬉しいものだ。近ごろは別の場所でも同様のコーヒーブレイク会をやっているようで、このようなコミュニケーションの輪がどんどん広がるのはいい事だと思う。もし作者を含む現在の主催者たちが事情によりこの集まりをやめたとしても、たぶん他の誰かが違った形で引き継いでくれるのではないだろうか。
さて、そろそろ撤収の時刻だ。道具を洗って片づけ、デイパックに再び詰め込む。次回の開催はまだわからないが、おそらく秋口あたりになるだろう。それまでみなさん、また会う日まで、事故のないように!