ツーリングマップルのページ記号は2003年春以降に発売された新版を基準にしています。
『くっそぉ、気軽に歩けるなんて言ったのは、どこのどいつだ!』
汗ばんで塩の浮き上がったライダージャケットを脱ぎ捨て、ゼェゼェと息を切らせながら岩に腰掛けて天を仰ぐ。11月も半ばを過ぎ、やや雲のかかった青空に、ときおり吹き抜ける風はつめたい。それでも体の奥底から絞り出されるように吹き出してくる、塩まじりの汗。
澄んだ秋の空に吹く風は、絹糸のような雲をひきつれて、ひゅーっと東へ流れている。目の前に広がるのは、深く青黒い太平洋。
ザックの中からポリ水筒を取りだし、もどかしくフタを開けてゴクゴクと飲みこむ。こんなうまい水を飲んだのは、どれくらいぶりだろう。さっきトイレの手洗い場で汲んで来た水とは思えないくらい、冷たく清冽な味。
いま作者は本土最南端を目指して海岸線を歩いている。そう、これがあの「最南端トレイル」の、まだ始まりなのだ。
本土最南端の佐多岬に行くには、車かオートバイに乗って行かなければならない。
これは先の日帰り佐多岬編でも書いたとおり、大隅半島の最南端には佐多岬ロードパークという自動車専用の有料道路があって、自転車や徒歩では「法的に」通る事が出来ないからだ。しかしもうひとつ、自分の足で旅する人のための最南端への道があるという。それが最南端トレイルと呼ばれる海岸沿いの道。本来は地元の釣り人や漁師さんが昔から使っていた通り道なのだが、旅行記で有名な作家の斉藤政喜氏や地元の方々の尽力により、アウトドア雑誌BE−PAL誌上で全国に紹介された。以来、数多くの旅人がここを訪れ、いままで合法的には不可能とさえ思われていた、最南端へ徒歩で到達するという感動を分かち合っているのである。
とはいえ、作者は徒歩による人力旅行は経験がないし、昔こそ自転車であちこち走り回っていたけど、最近はほとんどがオートバイによるツーリングなので、べつに海岸を歩かなくても佐多岬の展望台までは行ける。自転車や徒歩の通行を許していない今のロードパークのシステムに不満がないわけではないけど、「是が非でも歩いて最南端に行きたい!」という熱い想いは、残念ながら今まで沸いてこなかった。
しかしその考えを一変させてしまう魅力がこの道にはある。最南端トレイルの終着点は岬の突端、その名の通り、足下で大地の尽きる真の最南端が待っているというのだ。
じつは現在の佐多岬展望台は岬の先端部から200メートルほど北にあり、そこから先は鬱蒼としたジャングルになっていて一般人は立ち入る事が出来ない。だから最南端といえば、いままではこの展望台付近を指していた。そして本土最南端・佐多岬と書かれた看板の前で記念写真を撮り、最南端制覇の証左としていたわけだが、最南端トレイルの出現により、もはやこの展望台は本土最南端の威光を失ったと言ってもいいだろう。
(厳密には最初からなかったと言うべきか?)
地元県民として、また旅を愛する者として、今まで佐多岬という場所にあまり良い印象を持っていなかったけれど、この最南端トレイルにはすごく興味を惹かれた。聞くところによれば、道なき道を1時間半は歩かなければ到達出来ないし、天候が悪く波が高いときはとても歩けないらしいから、お気軽観光客の類はまず足を踏み入れないだろう。そういう点でもちょっと冒険心をそそられるのがいい。地元の方以外では何十人、何百人目になるかわからないが、最南端の地の果てにこの足で立ってみたいと、強く思った。
何としても、制覇してやろうじゃないか!
まずは最南端トレイルの起点となる田尻の港へ向かう。
ロードパークのゲート前から左にある道を入り、大泊小学校の横を通って先へ進む。ごく普通の一般道なのでもちろん通行料はいらないし、自転車や徒歩でも大丈夫。
ツーリングマップル九州P.63佐多岬7-A 旧版P.86佐多岬6-A
国民宿舎「佐多岬ふれあいセンター」の横を通り、キャンプ場を過ぎるとやや急な坂道になる。ふれあいセンター横の道路右側にある赤い進入禁止の大きな標識にドキッとするが、これはセンター内への関係者以外の車の進入を禁止するためのもので、田尻行きの車や人には関係ない。
一部道幅の狭い峠を越えて、ロードパークと共用になっている500mほどの区間を抜ければ、直線のあとの右カーブの終わりに「さたでい号」の看板が見える。ここを左折した先が、本土最南端の集落、田尻の港になる。
左折してすぐ正面にあるのが、観光グラスボート「さたでい号」の発着所で、ちょっとした公園風の敷地には休憩所や清潔なトイレ、ジュースの自販機もあり、駐車場も広い。ここにオートバイや車を停めてトレイルを目指すのもいいが、その際には職員さんにきちんと断るのが礼儀だろう。
建物の中には簡素ながらおみやげ屋さんや食堂もあり、観光パンフレットに混じって最南端トレイルの記事が掲載されていたBE−PALの2002年10月号がさりげなく置いてある。
時刻は朝9時半、まだ忙しそうに準備に追われている職員さんに最南端トレイルについて訪ねてみると、ああアレですね、とイラスト入りのパンフレットを1枚手渡された。パンフと言っても雑誌の記事をそのままコピーしただけの紙一枚だが、これで必要にして十分な情報だとの由。雑誌に掲載されて以来多くの人が訪れ、最南端への道を歩いたという。職員さんはニッコリ笑顔でこう締めくくった。
「今日はちょっと北風があるけど、波も高くないし、このコースには関係ないでしょう。そんなに険しい道ではありませんから、楽しんで来てくださいね」
もしかしたらハードな崖登りでもやらされるのかと思っていた作者はちょっと安心した。しかし、その考えはやはり甘かったのだと気付くのには、それほど時間はかからなかった・・。