パンフ地図に書かれた斉藤氏のアドバイスによれば、足下が滑りやすく直登は難しいから斜面を横切るように張ったロープにそって上がれ・・とある。よく見れば、足場となる木の根や段差も考えて張られているようだ。ここは斉藤氏を信じて、行ってみよう。
草を掴みながら、出来るだけ安定した木の根を探しつつ斜めに這い上がるようによじ登る。ロープにぶら下がればもっと楽に行けそうな感じだが、ビニール製のトラロープに体重を預けるのはちょっと怖い。ロープを握りつつも、足場をしっかり確認し、あせらず、急がず、ゆっくりと、大胆に・・
重なった落ち葉や土が滑りやすく、ちょっとヒヤリとするところもあったが、なんとか壁を登り切る事に成功した。
額の汗を拭い、肩で息をしながら下の方を覗き込めばかなりの高さ。帰りはもちろんここを降りねばならないが、いま登ってきたルートを上から落ち着いて観察すれば、苦戦したこの壁ももっと効果的で安定した足場がなんとなく見えてくるから不思議なものだ。
登り切った先の道は、こんどは海岸に向かって斜面になっている部分を水平に横切って行かねばならない。さいわい根株もあちこちに出ているし、手がかりになりそうな木に目印のトラロープリングがかけてある。やっかいなのは根株回りに積もった落ち葉で、フカフカで足応えに乏しく体重をかけるのがためらわれる。岩場とはいえ土もかぶっていて滑りやすいので、さっきの登りと同じくらいの慎重さが必要だ。露出した岩はいい手がかりになってくれるが、中には割れてグラグラしているものもあるので、崩れないのを確かめながら進まねばならない。
メチャメチャ喉がかわいてきた。脚もかなり張ってきているが、ここで腰を下ろして休んだら最後、先へはもう進めなくなりそうな気がする・・。この水平移動のあともう一段登りがあり、さらに上へとロープをつたっていく。先ほどよりはだいぶ楽だが、それでも気をつけていないと、ズルッといきそうだ。とにかく焦らず、慎重に進む。そしてようやく向こう側の地面が見える頂上部分にやってきた。
(はぁ〜、やっと下りか・・)
しかし下りもかなりの急斜面で、トラロープの他に漁船をつなぐのに使うような太いロープも下がっている。たぶん地元の方がつけたのだろう。それぞれ支点が違うので、斜面の状況によって使い分けると、わりとスムーズに降りる事が出来る。降りたところは先刻までの小石の浜はなく、やや大きめの岩がひしめいていて、もはやお気軽な海岸散歩の雰囲気ではない。少し頭を切り換える必要があるようだ。
手頃な岩にザックを降ろして、ポリ水筒の水をゴクゴクと飲む。生き返る瞬間だ・・
出発するときは2リットルじゃちょっと大きすぎかなと思ったけど、このサイズで良かったとつくづく思った。いつもの焼酎用1リットルびんでは、あっという間に飲み干してしまってカップ麺やコーヒーどころじゃなかっただろう。帰路のぶんも考えれば、特に夏場はこれくらい量がないと持たないかもしれない。なにしろ途中には自販機や水道はおろか、水場はいっさいないのだから。
しかし11月の涼しい時期でこうなのだから、6月から7月の暑い時期に歩いた斉藤氏はどうだったろう? 世界中の徒歩旅行で鍛え抜いた斉藤氏と運動不足ライダーの作者とじゃ、全然比較にはならないだろうが・・。
ゴロゴロと転がる岩をヨッコラショと乗り越え、ふたたび南下を始める。田尻を出たときの勢いはもう消えて、目の前の課題をどうにかこなして進むといった感じ。地図によれば山越えはまだ1カ所残っているが、干潮の場合は海側を歩いて行けるらしい。
今日は大潮にあたる日で、正午ごろが干潮のピークになるはずだから、うまくいけば海側を行けるかもしれない。しかしここまで来たら迂回はせずに、オール山越えクリアを狙いたい気持ちも少しある。それにこのあたりになると大きな岩が多く、海側に必ずしも平坦で楽な道が待っているとはかぎらないようだ。
雲が多く流れだし、日ざしも陰って少し涼しくなってきた。前を見ると、岬の先端の山がかなり近づいている。もう少し、もう少しで最南端だぞ・・
あっと気が付くと、いちばん先の島のてっぺんに白い建物が見えている。
(あれが、佐多岬灯台かな?)
ようやく先が見えてきた・・
現在時刻は11時。ここまで来るのに1時間少々かかっている。斉藤氏の地図では先端部までゆっくり歩いて1時間半とあるが、タイムトライアルでもあるまいし、山歩き素人の初挑戦にしては上出来な部類だと思う事にしよう。
大きな岩と岩の間にある細長い塩だまりをまたぐようにしてV字峡谷を抜けると、正面に見えるのはロードパークのレストハウスと白い展望台だ。GPSで確認してみると、すでに北緯31度線どころか、展望台のある緯度を越えてしまっているではないか。いままで味気ない観光地のシンボルとしてしか見られなかった展望台だが、こうして自力で歩いてきた果ての海岸線から眺めると、何か感慨深いものを感じずにはおれない。
そして最後の第3の山越えに到着。入り口を示す目印のトラロープリングが揺れている。いよいよラストの登りだ、
気合いを入れて行ってみよう!