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開聞岳へと続く道

ツーリングマップルのページ記号は2003年春以降に発売された新版を基準にしています。

2006年9月2日

吹上浜自転車道〜南さつま市

旧永吉駅の島式ホーム跡

田園のわきに設けられた高低差のほとんどないなめらかな舗装路をしばらく進むと、先ほどまで走っていたR270を横断する部分に出くわす。自転車道が横切っているからクルマは注意するように、との看板が出てはいるものの、路面には横断帯も描かれていないし、道ゆくドライバーは歩行者自転車の姿を見ても一切気にとめず、減速なしでザーッと高速で走り抜けてゆく。このあたりは交通量が多めで、おまけにスピードの出る直線路のすぐ後だから、こちら側で間合いをはかりつつ、相手の隙を見てサッと渡るしかない。この自転車道の全線中おそらくここが一番危険な箇所だろう。自治体も出来れば横断帯の1本も描いておいて欲しいものだ。
だがここをクリアすれば、あとは交通量の多い幹線道路と交わる部分もないから、自転車本来の走りを心ゆくまで堪能する事が出来る。

ここから先の自転車道は、かつて南薩線が走っていた線路の跡を利用して作られている。今でも乗降ホームや鉄橋の跡など、当時の遺構があちこちに残されているから、ちょっとばかり列車の運転手気分で走れる。バス停にも○○駅前という呼び名が今でも残っていたりするので、そういうものを探しながら走るのも面白いかもしれない。

ツーリングマップル九州P.55鹿児島6-D 旧版P.78鹿児島3-A

薩摩湖の近くにある吹上浜公園で給水休憩したのち、国民宿舎吹上浜荘の方向に向かって90度右に折れ、松林の中のパターゴルフ場を抜けるとコースは下り坂。えびの市のループ橋を思わせるらせん道を勢いよく下って小さなトンネルを抜け、伊作川を渡ったあたりから海岸にぐっと近くなるせいか、路面にも風に飛ばされてきた白い海砂が目立つようになる。

だが、ここから先の自転車道は終点近くまで広大な防砂林地帯をえんえんと進むコースとなり、ごく一部を除いては海もろくに見えないし、加えて両側から覆い被さってくるような松林に息苦しさを感じるので、あまり楽しい道中とは言えない。実はこの自転車道もR270と同じく、出発点の日吉・大川あたりを除いて海はほとんど見えないので、名前につられて海岸沿いのさわやかなサイクリングを期待していると見事に裏切られる事になる。

サンセットブリッジへの入り口

長かった松林ルートをようやく抜ける頃、道はいつのまにか日置市から南さつま市(旧金峰町)へと入っている。薄暗かった木立の中からいきなり景色が開け、田畑と民家のある県道沿いにポンと放り出される感じだ。

自転車道はここから先、サンセットブリッジと呼ばれる白い大きな吊り橋を越えて吹上浜海浜公園に入り、公園の敷地が尽きた少し先の方で総延長22キロの終点を迎える。だが今回はそこまで走ると枕崎への道筋的にちょっと無駄になるのと、公園内の両側はあいかわらず松林ばかりで景色の見どころもろくにないのは作者も何度か走ってよく知っているので、このあたりで自転車道を外れ、ふたたびR270に戻るコースをとる事にする。

ツーリングマップル九州P.59枕崎1-C 旧版P.77吹上浜6-H

ここに限らず、吹上浜周辺はどういうわけか海岸から国道につながる道筋がちゃんと整備されておらず、道案内の標識もろくにないから、いざ表の国道に出ようとしても非常にわかりにくい。国道側から海岸に向かおうとした場合でも同様で、地元の人に聞いて進まないと間違いなく道に迷うだろう。ウミガメの産卵地でもある砂浜を荒らす余所者の4WDやオフロードバイクが気易く入って来れないよう、わざと不案内にしてあるのだとも言うが、実際のところは単に地元自治体の道路整備の予算不足なのではないか。地図を見るとよくわかるが、国道と海岸の間の道はどれも狭く、網目のように勝手気ままに走っているから、新しい道を造ろうにもなかなか難しいのだろう。

サンセットブリッジのかかっている万之瀬川を渡ると、南側はかつての加世田市の領域になる。平成17年に周辺の町と合併して巨大な南さつま市となったが、今でもこのあたりが一番の賑わいを見せている。川の流れに逆行して畑のまん中を突っ切るように進み、狭い民家のすき間を抜けたあたりでようやくR270に出る事が出来た。時刻はお昼前でそろそろ腹も減ってくる頃だが、ここから枕崎市まではもうひと頑張りだ。


南さつま市〜枕崎市

R270を南へ

自宅を出発してから55キロ、いつもならこのあたりで引き返すのが常だから、ここから先は(自転車では)未知の領域となる。この辺でもやはり市街地の国道沿いは走りにくく、歩道を進まねばならない事も多いから、さっきまでの自転車道よりペースが落ちるのは致し方ない。

ツーリングマップル九州P.59枕崎2-C 旧版P.78鹿児島6-A

ここから10キロ程南に、今朝方越えてきた金山峠に匹敵する標高90メートルを越えるピークがある。中盤で最大の難所と思われ、もちろん自分の脚で越えるのは今日が初めてだが、いつもクルマやオートバイで走っている時の印象でも、2,3箇所の上り下りを繰り返しながら終盤にかなりの勾配があるから、ちょっと気を引き締めて行かねばなるまい。確か頂上あたりに道の駅風の休憩所があったはずで、まずはそこを目標に進む事にしよう。

ところで、先ほどから右ヒザの張りが少し気になり始めている。どうも右側を強く踏みすぎる癖があるせいか、長い距離を走った後はたいてい右のヒザが音をあげる事が多いのだ。ペダルを漕ぐのに支障があるほどではないが、まだまだ先の長い道のりを考えれば、今後は左足を意識して軸にしながら、休憩も長めに、小刻みにやった方がいいだろうか・・。
そんな事を考えつつ、市内で立ち寄ったコンビニにあった時刻表で、この先にある枕崎駅の時刻表をチェックしてみた。開聞岳方向への便は午後1時5分発、次が2時36分発とある。現在時刻は午前11時半、ここから枕崎までは峠越えを含んだ約20キロの道のりだ。

「これは、ちょっと急げば午後の最初の便に乗れるかもしれないな・・」

折りたたみ自転車を輪行袋に詰め、リアキャリアに乗せた荷をザックに移し替える時間を考えれば、出発の15分前には駅に着いておきたい。もし間に合えば、枕崎市から開聞岳までの終盤約30キロはペダルを漕がずに済むから、明日に備えて脚力の温存をはかれるだろう。何しろ絵に描いたようなローカル線だからこの2本を逃せば夕方の6時過ぎまで列車は1本もないが、もし1時5分に乗り遅れても次は1時間半後にあるから、とりあえずは余裕だろう。そのぶんキャンプ場への到着は遅れる事になるが・・。

だがしかし、とも思った。
ここまで自走しておきながら、最後の海岸沿いの風光明媚なルートで輪行に頼るというのもどうだろう? このままいけば明日の帰路が相当辛い事になるのは確実だが、それは最初から覚悟していたはず。せめて往路だけでもフル自走で行きたい願望は大きい。それに途中で輪行してしまえば、キャンプ場に着いてから「はるばる川内から自走してきました!」と胸を張って自慢出来ないではないか・・。

いやちょっと待て、別に誰かに自慢をしたくて走って来たわけじゃないぞ。まず自分が楽しくやれるかどうかが第一だから、輪行だって立派な旅の手段のひとつだ。だいたいフル自走による完走がそれほど重要なのか?

いやいやいや、それは楽をしたいがため理由付けしているに過ぎない。ここで輪行したらきっと後日悔やむ事になる。それでもいいのか?

・・などと、国道わきでペダルを漕ぎつつ1人問答である。迫り来る発車時間と駅までの距離を計算しながらあれこれ考えをめぐらしていたが・・
やはり人間とは弱いもので、いったんラクな道を見いだすと、その方向に流されやすい。特に今のように体力的な不安を抱えている状態ではなおの事だ。

「よし決めた、枕崎まで出来る限り飛ばして、列車に乗ろう!」

峠越えをするのにちょっとヒザが辛いが、その後でゆっくり昼寝が出来るとなれば、ここはガマンだ。ギアをひとつ高い方に入れ、腰を浮かしながらヨイショ、ヨイショとペダルを回し始めた。


突然の雨

前衛となる小さな峠を越えながら標高はどんどん増してゆき、いくつめかの小ピークを越えたあたりでハンディGPSに表示された標高は60メートル。ここからまた急な下りになるが、この先にもっと高い部分が待ち受けているのを知っている身としては、せっかく稼いだ高度を少しでも失うのはつらい。でも前に進まないわけにもいかないから、せめて思いきり勢いをつけて下ろう。

こんな風に残り時間ばかりを気にして必死にペダルを漕ぎ進んでいたせいか、突然大粒の一滴に頬をピシャッ!と打たれた時は、何が起きたのか一瞬わからなかった。空を見上げたら、いつのまにか真っ黒な雨雲が左側の山陰から頭上に覆い被さるように広がっていて、その間にも大きな雨粒は数を増し、バチン! バチン! と背中のザックをたたく音が響いている。みるみる路面が黒くなっていき、とうとう本気の土砂降りとなって前方の視界を白くかき消した。

店先で雨やどり

たまらず道沿いにあった商店の軒先に避難するが早いか、頭上にはゴロゴロと雷鳴まで轟いてくる始末。雨具や防水カバーは一応持っているものの、この状況の中を走り出す気には到底なれない。午後一番の便に乗ろうと意気込んでガンガン踏んで走っていたのに、まったくやむ気配を見せない激しい雷雨を前に、ついさっきまでのテンションがウソのようにしゅーんとしぼんでいく。まだまだ峠のピークは見えないし、これではとても間に合わないだろう・・。気易い思いつきで楽な道を選んではイカン!という天の思し召しだろうか。

そう言えばまだ昼食をとっていない事に気付いた。この勢いでは当分やむ気配もないし、一番列車での輪行はあきらめて、ここで腰を据えて様子を見よう。さいわいお店の戸口にはカギがかかっていて今日はお休みのようだし、このまま自転車を置いておいても邪魔にはなるまい。リアキャリアから組み立て式の三角イスを外して座り込み、さっきのコンビニで買った菓子パンを2つ、ザックの雨ブタの中から取り出し、店先の自販機でジュースを買って、ここで昼食タイムとした。

道の向かいには公園があって雨をしのげそうな遊具もあったが、道一本横断する気にもなれないほどの激しい降りで、国道も場所によっては側溝からの排水が間に合わずに水たまりになっている。この店の前にちょうど信号があって、道ゆくクルマのドライバーが赤信号で停まるたび、店先で雨宿りしながらパンをかじっているチャリダーを珍しそうに眺めてゆくので最初はちょっと気恥ずかしい感じがしたが、何十台も通り過ぎるうち、ジロジロ見られるのにもなんとなく慣れてしまった。

しかしついさっきまでは青空だったのに、いくら9月の空が変わりやすいといっても最近の夕立雲は節操がない。まるで熱帯地方のスコールのようで、もしかしたらこれも地球温暖化の悪影響のひとつかもしれない。

結局この店先には30分近くも居座るハメになり、もはや午後一番の列車には完全に間に合わない。上空の雨雲の主要部分は去ったが、まだ名残の小雨がパラパラ落ちている。もちろん激しい雨のおかげで路面はずぶ濡れ、今日は軽量化のために泥よけを付けて来ていないから、ちょっと走っただけでフレームは泥だらけになるだろうが、これはもう仕方がない。覚悟を決めてふたたびR270の南下を始める。ただし先刻のように追いつめられたような走り方はもうせず、いつものマイペースでギコギコと上り勾配にかかった。

峠で休憩

雨宿りをした店先からほんの1キロほど進むと急に勾配がきつくなり、やがてふっと平坦になった。向こう側には下り坂が見え、ハンディGPSの標高は95メートルを指している。道の右手には広い駐車場のある道の駅風の施設・・どうやら峠に辿り着いたらしい。店を出て5分も経っていないから、あの時もうピークの目前まで来ていたわけだ。

ツーリングマップル九州P.59枕崎4-B 旧版P.81枕崎2-G

この場所は南さつま交流センターにいななまるという名前の施設で、ジュースの自販機や男女別の奇麗な水洗トイレの他、地域の特産品もいっぱい置いてある、言うなれば自治体独自の道の駅みたいなもので、こういうのは田舎の方に行くとたまに見かける。

重いザックを地面に置いて腰をのばし、駐車場をぐるっと見渡すと、なんとさっきまでの激しい雨の痕跡はここには全くなく、舗装面が白く乾いている。どうやらかなり局所的な降り方だったらしい。雨雲が張り出すのがもうちょっと遅ければ、濡れずにここまで登りついて、そのまま勢いで枕崎まで下ってしまえていたかも。そしたら列車に間に合ったかもしれないなあ・・。まあ今更そんな事考えてもしょうがない。ここでちゃんと身なりを正してから再出発するとしよう。

10分ほど休憩したのち、かなり激しい下り坂を枕崎目指して駆け抜けてゆく。さっきまでの登りと違い、こちら側には上り下りの前衛峠はほとんどなく、素直な下りと平坦路の組み合わせでなかなか快適だ。もっともこれは明日の帰路では逆の効果を発揮する事になるが。

南さつま市から枕崎市への市境を越えてしばらく行くと、ある場所からまた路面が黒く濡れはじめた。上空にはもう黒い雲は見えないから、ここもついさっきまで雨が降っていたのだろう。この先また突発的な雷雨に見舞われる可能性は高いが、こればかりはお空の気分次第、あれこれ心配しても仕方がない。

そのうち周囲にはだんだんと民家や店が増え始め、市街地の雰囲気が増してきた。やや低いピークを2つ越えた先で大きめの橋を渡り、川辺町から降りてくるR225と斜めに合流すれば、もう枕崎市の中心街は目の前だ。

一般的な薩摩川内市民の感覚からすれば、同じ鹿児島県内でも枕崎市は遙か彼方の土地というイメージであり、よほどの用事がないかぎり出向く事はない。作者としても自転車だけでここまで来たのは初めての事、にぎやかな町並みの中を進みながらも、ちょっとした感動をおぼえる・・。


枕崎市から東へ

R226枕崎市内

自宅を出発してから75キロ、町頭交差点で薩摩半島の先端部を真横に走るR226へと突き当たった。ここから国道沿いに左に折れて東進コースをとり、あとは目的地の開聞岳まで約30キロの一本道となる。

ツーリングマップル九州P.59枕崎6-B 旧版P.81枕崎4-G

今朝通ったいちき串木野市はマグロ漁の基地だったが、こちら枕崎市はカツオの水揚げが静岡の焼津に次いで全国2位、かつお節の生産では堂々1位を誇る漁業の町。本土最南端の鉄道路線である指宿枕崎線の西の終着駅でもあり、電化されていないローカルな風情が南国の風景とよくマッチして、いつだったか地元の焼酎のCMに使われた時はとてもいい雰囲気だったのを憶えている。

現在時刻は1時15分で、1本目の列車はとっくに出た後だ。先ほど峠の向こう側で画策した輪行旅をするなら、あと1時間以上この市街地で待つ必要がある・・。

右ヒザの不安感はまだ消えていないが、ここまで下ってくるうち、もうこのまま自走で開聞岳を目指そうじゃないか、と思い始めていた。もちろん列車旅も悪くないが、それは明日の帰り道でだって出来る。ここから先には金山峠のような突出した高所はないはずだから、ゆっくり走れば何とかなるだろう。何よりもあと1時間も無為に待たねばならないという、行動を時間枠で縛られる事がとても窮屈に思えてきたのだ。もし途中で脚の疲労がどうしようもなくなったとしても、線路沿いにある駅で夕方の便を待てばいい。最悪の場合でも夜7時までには開聞に着けるはずだ。

巨木のスケッチ

列車に乗り込むはずだった枕崎駅へと折れる交差点をまっすぐ東へ突っ切ったら、もう気持ちは固まった。コンビニに寄って補給をしたのち、R226ぞいに市街地を抜け、少し長めの坂にかかった。枕崎市街地から東に向かう場合、この上り坂が少しきつめの最初の壁となる。

坂の途中、道脇に公園風の芝生とベンチがあったので、汗と雨しぶきでずぶ濡れになったTシャツを着替えがてら休憩する事に。
パンや飲み物をさっそく開けながら、上半身ハダカになってつめたい石造りのベンチの上に寝ころんだ・・。

ツーリングマップル九州P.59枕崎7-C 旧版P.81枕崎5-H

目の前には青い東シナ海が広がり、右手遠くには細く尖った立神岩が海面から突き出ているのが望める。自由な自転車旅なんだから、やっぱりこうでないといけない。別の何かの時間を気にしながら走るのは脚や胃によくないし、何より心が窮屈になってしまう。

のんびりついでに、時間があったら何か描こうと思い持ってきたスケッチブックを広げ、目の前でゴツゴツとした幹を地面にくい込ませている木(おそらくはアコウの木)を見ながら、鉛筆でちょっとなぞってみる。木肌に蔓がびっしり巻きつき、節くれだった枝を大きく伸ばす様を色付けしているうち、何となく生命力を分けてもらっているような心持ちになってきた。

この先はしばらく標高差30メートル程のアップダウンが続くが、道もいいしコンビニや民家も多くあるから不安はない。何より、今は遠くに見える美しい円錐状の開聞岳がだんだんと大きくなって近づいてくる様を眺めるのは、南薩ツーリングの醍醐味とも言えるもの。いつもはオートバイで30分足らずで走りきってしまうこの道、じっくり自分の脚で満喫してみようじゃないか。


吹上浜自転車道から枕崎市街地までの走行データ

走行距離44.91キロ/所要時間3時間19分/平均時速13.52キロ

GPS走行データ GPS走行データ

※このグラフはGARMIN製ハンディGPS・etrex SummitのTrackデータを元に、GPSe (MacOS9版)で処理した画面を着色加工したものです。