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自転車復活の秋

その3

河口に到着

河口に到着

広くなった県道を毎分70回転のペダルペースで駆け抜け、トラックの往来の多い船間島の工業団地を抜けると、もうそこは河口の港の入り口である。

「やった〜、着いたぞ!」

ハンドルに付けたハンディGPSで確認してみると、この看板の前でちょうど10キロ、時間は45分。チョコマカ遊びながら走った割には、そこそこいい数字と言えるのではないか。まあ今日はツーリング、じゃなかったサイクリングだから数字は気にしない事にして、ここから復路に切り替える。ここの少し先に河口大橋への入り口があって、そこから川内川の向こう岸に渡り、今度は川上に向かって進む。問題は向こう岸には途中何カ所か峠越えの坂道があって、往路ほどにはスムーズには走れないかもしれない点だが・・まあなんとかなるだろう。

角を左に折れて、河口大橋に上がる。当然ながら橋はやや高い位置にあるのでちょっときつめの坂を登る必要があるが、この程度なら距離も短いし、楽々クリア出来た。橋の全長は600m以上あり、たぶんこの川にかかっている数多くの橋の中でも最長だろう。完成したのは昭和56年で、作者が子供の頃にはまだなかった。小中学校の頃は釣りもよくやっていたが、川岸の向こう側にいい釣り場があったとしても、渡るには川内市街地まで10キロ以上も戻る必要があり、自転車でしか移動出来ない子供にはほぼ不可能な事。ここに橋があったらなぁ、といつも考えていたものだ。

河口大橋を渡りきる手前から今度は逆に下り坂となり、この勢いをつけたままでザーッと走っていきたいのに、こう言う時に限って交差点の信号は赤なのだ。おまけにここの交差点は真っ正面にポリス・ボックスがあり、たとえママチャリと言えどアウトローなマネはやりにくい。こちら側の海岸エリアには原子力発電所があるせいか、大きなトラックや作業車の往来がけっこう多い。しかし道幅はさっきの県道44号ほどには狭まっていないから、何箇所かある起伏を除けばスムーズに走れそうだ。

ハマボウの黄色い花

途中ハマボウ自生地という小さな看板が見えたので、ヤブに埋もれかかった細いコンクリ道を奥へ入ってみた。ハマボウというのは塩水混じりの湿原地帯に生える木の事で、夏になると黄色い花を咲かせる。この日はもう9月だったが、大きく鮮やかな花がまだ2,3個開いていて、突然の来訪者を迎えてくれた。

案内看板によれは「県内でも数少ない群落のひとつです」とあるが、よく見ると真新しい白テープで上から修正した跡があり、その下に「県内では最大規模の群落です」という文字が透けて見える。きっと看板を設置した後で、ここ以外のどこかにもっと規模の大きいのが見つかったかして慌てて修正したのだろう。まあ、観光客にしてみれば、この程度のニュアンスの差などどうでもいい気がするのだが、看板を設置したお堅い教育委員会としては、こういう些細な点にもいちいち気を遣わないと後々の責任問題になるのかもしれない。

この道をもっと奥に進めば何かありそうな気もしたが、予定外のルートにあんまり時間を食われるのも何だし、花を愛でつつ元の県道に引き返す事にした。木立の間を抜けてアスファルトに出ると、トラックの轟音と共に路面に熱風が駆け抜けている。さて、これからちょっとしんどい坂道越えをしなくては・・。


坂道越え

左手に続く白い砂浜(正確には川岸)を眺めながらゆっくりとペダルを回し、最初の坂道にさしかかった。ここは山の一部が川に張り出していて道路をまっすぐ造る事が困難なために、山腹をぐるっと迂回するように坂道が続いている。だが山頂部分を見るとショベルカーやドーザーが置いてあって周囲の木々もかなり切り倒されており、近々この山を切り崩して新しい道路が開通するらしい。海岸にある原子力発電所も(地元漁民は大反対しているが)3基目の原子炉を設置するための予備調査がすでに始まっているし、本格着工となればこの道の交通量も今以上に増えるから、今のうちに厳しい部分を拡幅しておこうという事だろうか。

峠の下り

坂道は最初は傾斜もきついが、50mほど頑張ったらすぐ頂上の平坦部が見えてきた。続く2つ目の坂道も意外と辛くはなかった。ここいらはオートバイで走っていると「自転車で走ったらしんどそうだな」と思うくらいの傾斜なのだけど、実質的な距離が短いせいか実際に自分の脚で走ってみるとそれほどこたえない。やっぱり自転車でいちばん辛いのは傾斜そのものよりも、いつまで続くかわからない先の見えないダラダラ坂だろう。

最後の坂道をクリアすれば、あとは市街地までほとんど平坦な道が続く。稲穂が色づき始めた田園地帯のまん中をまっすぐ舗装路が伸びており、風は気持ちよく追い風、作者の脚もママチャリの調子もすこぶるいい。最初は運動不足解消のためのほんのお遊びのつもりが、だんだんと自転車の楽しみにはまってしまったようだ。

人間の足で20キロ歩こうと思ったら健脚な人でも半日はかかる大仕事だが、自転車を使えば誰でも1〜2時間で、しかも楽しんで走れる。坂道や向かい風はそれなりにキツイが、それはむしろごく自然な当たり前の事であろうし、そういった障害を自分の力だけで乗り越えて走り抜く辛さや楽しさは、残念ながらオートバイやクルマでは味わえない。

世の人々は動力付きの乗り物にばかり夢中になってないで、もっと自転車に乗るべきだ。作者が熱中していた頃と違って今は自転車趣味もそれなりに認知されていると思うし、流通形態の変化によって、かなり高性能なものが安価に手に入るようになっている。惜しむらくは自転車で快適に走り回れる道路環境が、この国にはまだまだ整っていない事なのだが・・。

ゴールの太平橋

左手の対岸に製紙工場の紅白エントツが見えてきたら、ゴールの市街地はすぐそこだ。ペダルを漕ぐ脚にも力が入り、交通量のグッと増えた車道を少し外れて、堤防の上に作られた道を進む。近くに幼稚園でもあるのか、チビたちが保母さんに連れられて道いっぱいに歩いていた。少し速度を落とし、やや遠くからベルを鳴らして合図すると「あら〜、ごめんなさ〜い」と保母さん達がよけてくれるのでちょっと恐縮する。ここは別に自転車専用道ではなく、むしろ歩道に近いから遠慮するべきはこっちなのだが。やたらとハンドルの低いママチャリにまたがり、バンダナの結び目をなびかせて走るオヤジが珍しかったのか、目をまるくして手を振ってくれる子もいて、ちょっと照れる。

ちなみに自転車に付けるベル(警音器)はスプリングでチーンと鳴るシンプルなものよりも、チリリリーンとかジャリリリーンと鳴る昔ながらの回転連打式の方が、歩行者の背後から鳴らす場合には圧倒的に早く気付いてもらえる。チャリンコという呼び名もおそらくこの音から来ているのだろうし、自転車が近付いてくる音として昔から日本人の耳に刷り込まれているせいだろう。

ちょっと哀しい伝説の残る母合(ははえ、ははあい)橋を過ぎ、河川敷沿いに堤防をぐるりと回って開戸(かいと)橋を越えると、もう数百mで国道3号線の通るゴールの太平橋だ。到着時刻はお昼をちょっと回った頃、トータル25.7キロを約2時間でのんびり楽しく走る事が出来た。


道は続く

河川敷を走る

その後、ママチャリを使った河川敷の往復ランは今も続けている。あれからだんだん距離を伸ばし、今はワントライ10キロを中速ギア固定の足つきなしで26〜28分の間、毎分80回転を維持出来るようになったから、そろそろ違ったメニューに変えるべきだろうか。こうやって毎日決まった運動をするようになってからは、夜中に妙に目が冴えて寝つけず悩まされる事もなく、朝起きる時の気分もかなりよくなった。これで間食するクセさえ抜ければ、標準レベルをかなりオーバーしている目方やウエストも多少はマシになっていくのではないだろうか。

ここで、ふと最近オートバイにほとんど触っていない事に気がついた。なんと実に2週間もの間Bandit250のシートに座っていない。ちょっと不安になったのでエンジンをかけてみたら、さいわいバッテリー上がりもしておらず、ガソリンをPRI流入するだけでエンジンはいつもの朝のようにガオン!とうなり、何事もなくアイドリングレベルでスーッと回ってくれた。どうも同時に2つ以上の事に気が回らない作者である。自転車もいいけど、たまにはこいつにも乗ってやらないとなぁ・・。

と言いつつもパナソニックやブリヂストン自転車の最新カタログなど眺めながら、今度新しい仕事が決まったらこのフレームにあのパーツを付けて・・などと夢想しているのである。オートバイもいいけど、自転車もまたいい。そんな思いを新たにした初秋であった。


おしまい